宇宙で一番のキミへ~背中を押してくれた~
「けたにちゅうい」
この看板を潜ると、この町から出る合図だ。
私がこの町に生まれ、見てきた限りでは、
この町が商業的に栄えた所を見たことがない。
だけど、3つの県の境界にあるという事で、
汽車、電車という交通手段での役割がこの町にはあったので、
駅と官舎はとても大きく立派だった。
「けたにちゅうい」は電車が走る橋桁の下を通る時の注意書き。
子供の頃から印象的だった。
今日、私がこの橋桁を潜った心持ちはこれまでとは違う。
しばらくは帰らない、いやずっと帰らないかもしれない。
この町とのお別れとも思って車を走らせた。
池に落ちたあの日以来、私はこれまでの生活が出来なくなってしまった。
ショックが大き過ぎた。
仕事で頑張っている私を続けられない。
両親に年相応の生活をしている娘を見せ続けられない。
やり続けるほどに自分が情けなくてどうしようもなくなった。
この場に居続ける事が出来ない。
そう思ったから、とりあえずの荷物だけを車に積み込み、あてもないドライブをすることにした。
明日からの気になる事はできるだけ取り除いて向かいたい。
だから、職場と父には伝えておこうと思った。
「体調が悪いので、しばらくお休みします」
ふわっとした理由だけど、今の私に言えるギリギリの言葉だった。
「はい。」
受けてくれた事務員の女性、冷え切った声だ。
彼女もストレスを多く抱えている事は日頃から知っている。
彼女の背景も、電話を切った後からの職場で繰り広げられる話も、もう考えたくない。
「友達の家にしばらく遊びに行く」
「気をつけて行けよ」
父は何も聞かなかった。
私が何かを抱えていると分かっているのだろう。
そいうカンは昔からよく当てる人だから。
とりあえずのその場しのぎのやり方ではあったけど、今の私には十分の気休めだった。
どれぐらい走ったのだろう。
だけど、ずいぶんと走ったらしい。
世の中は仄暗くなり、車のテールランプが沢山並んでいる場所に私も車を止めた。日頃は飲まない缶コーヒーを買い、飲んでるふりで生暖かい缶を頬にあてた。
帰路へと急ぐ人たちの中、私だけがどこにも属すことなく今ここにいる。
ここにいる人たちとは違う時間の中にいる、いわゆる暇な人の私は天を仰ぐべく、紺色の夜空を見ていた。
ヒトキワ輝いている星が一つ、そして、細い三日月。
いつか見た物語のいち場面のようだと思った。
昨日見た夢を思い出した。
優しい夢だった。
熱くもなく冷たくもない、肌に心地よい温もりだった。
そういう人の夢だった。
携帯がブルっと反応した。
ダメ元でメッセージを送った人からの返信だった。
「いいよ~」
歓迎という感じではないようだけど、受けてくれた彼女。
彼女の寛容に今は甘えたいと思った。