女装小説「めざめ」第10話・ダブルルーム
前回の「めざめ」は・・・
あの夜、大山の手でペニクリを優しく握られながら、三度果てた。そのあとは、どうやらタクシーにのせてもらって、自宅マンションの入口まで大山が送り届けてくれたようだ。興奮と刺激が強すぎて疲れ果てたのだろうか、翌日サトシが目覚めると、すっかり日は高くなり、すでに午後だった。日曜日で助かった。その日曜日は何をする気にもなれず、ボーッと一日を過ごし、月曜日には会社勤めのサトシの日常が始まった。
「今日から君はもうずっとサトミのまんまでいればいいんじゃない?」何気なく大山が口にした言葉がふとした瞬間に頭の片隅をよぎる。
「サトミのまんまでいる」それは、いったいどういうことを意味するのだろうか?こうしてサトシとして会社勤めをするのも辞めてしまい、女装をしたままサトミとして毎日を過ごすということなのだろうか?そんなことができるのだろうか?いや、できるはずがない。あっという間に会社勤めで得た預金が底をついてしまう。
それとも、自分が大山の女装娘の愛人となって、彼が自分を養ってくれるという意味なのだろうか?確かに女装者から本来料金をとるべき立場の大山は、一切自分からお金をとらず、それどころか新しいドレスを入荷したり、何くれと面倒をみてくれている。もう女装者の愛人にしたつもりなのだろうか?いやいや、女装はさせてもらったが、自分は大山の愛人というほどのことは何もしていないし、できてもいない。できるはずもない。むしろ、一方的に自分の欲望を実現してもらっているだけだ。そもそも何故大山は、サトミの欲望の実現につきあってくれているのだろうか?大山が、自分に何かを期待しているとするならば、何を期待しているのだろうか?大山がどんな性的志向をもっているのかすら知らない。バイセクシャルやホモセクシャルとして自分に何かを期待しているとするならば、自分はそんなことを受け止めきれるのだろうか?いやいや無理にきまっている。わからないことだらけだった。
こうしていろいろと考えてはみるものの、結果全て大山に収斂してしまう。「サトミのまんまでいる」その言葉の真意は、その言葉を発した大山とじっくり話すこと以外に、答えを得ることはできなさそうだ。
ただずっとサトミのまんまでいたいのかと問われると、はっきりとイエスともノーとも言えない自分がいるのも確かで、女装を楽しんでいる自分がいることは間違いないが、それは可逆性が担保されているからだとも感じていた。
「今日から君はもうずっとサトミのまんまでいればいいんじゃない?」大山の言葉が、呪縛のようにサトシの日常にサトミの非日常を忍び込ませ、支配する。その呪縛から逃れるにしろ、囚われてしまうにしろ、いずれにしろ大山と話さねばならなかった。
週末になると、サトシはヴィクトリアにに電話し、大山に時間をとって欲しいとお願いをした。大山はカジュアルな調子で店に来るか?と聞いてきたが、今度ばかりはちゃんと話す必要があると思ったので、どこか外で会いたいとお願いをした。大山は、そういう反応があるのは少し予想外だったようだが、迷うことなく、ヴィクトリアと同じ町の駅前にある外資系ホテルのエントランス横のレストランを指定してきた。
大山とこうして向き合ってちゃんと話すのは、保険商品のセールスをして以来、初めてのことだった。
「この間は、本当にお世話になって。すみませんでした。しかも、また時間をとっていただいて。」
「あらたまって、どうしたの?」
「実は気になっていることがあって。大山さんはずっと自分が望んでいることを先回りして、叶えていただいているのですが、どうしてそんなにしていただいているのでしょうか?」
「どうして・・・か。どう説明したら、いいのかなあ。」
「大山さんはお仕事でああいう店をされているから、本当はこちらからお金をお支払いするべきですよね。それも一度もお支払いしてないし、勝手に楽しんで、大山さんにとって何がメリットなのかも、分からなくて。」
「僕ももちろん楽しんでるし、ひとつ確実にあるのは、君が楽しんでいるのを見るのが楽しいってことかなあ。実は、今日も君が楽しんでいるところを見たくて、このホテルの部屋を予約してあるんだ。ここよりも話もしやすいでしょ?」
「えっ」と驚いた声を上げるよりも先に、サトシののスラックスパンツを押し上げて、「サトミのペニクリ」が反応していた。大山は横目でその反応を見逃すことなく、言葉を継いだ。
「ほんとうにサトミちゃんは素直だね。言葉よりも体が先に反応するから。こういう反応を見るのが楽しいんだよ、僕は。」耳元に小声で囁く。「ここの支払いは僕が済ませておくから、この鍵をもって上の909号室に先に上がってて。今日のために用意した服も部屋のベッドに置いてあるから、着替えて待っててよ。僕の方はちょっと店を閉めてくるから。着替えると、そのくらいの時間はかかるからさ。」
ああ、また大山のペースだ。でもこうして欲しかったのかもしれない。
部屋は広めのダブルルーム。キングサイズのダブルベッドがあり、その上に紙袋があった。中味を確かめてみた。レースとフリル、そしてオーガンジーでできた、純白のランジェリーだった。胸元や肩にたっぷりとフリルがあしらわれたベビードールだ。裾は極端に短くて、身につければ、お尻がはみ出してしまうにちがいない。それに加えて、ガーターストッキングとウェディングヴェールも入っていた。セクシー版ウェディングドレスというアレンジなのかもしれない。
一つ一つのアイテムをゆっくりと身につければ、サトミへと変化していく心の傾きを感じるのだった。