謎行動=負けず嫌いだった
あずきちゃんの記事でも、一人だけあずきちゃんに一票入れたり、ちょっとゴーイングマイウエイな子どもだったわたし。
振り返ってみれば、謎行動が多すぎだということに気づいた。
1,怒られて書道に入会
2年生のときのこと。友達が近所で書道を習っていた。
あるとき、友達に聞いたのだと思うが、なぜか書道で宿題をしてもいいという話を聞き、わたしは友達の隣の席で宿題をしていた。
そのときの先生の反応は覚えていない。
その一週間後も、なぜかわたしは書道を習ってもいないのに、友達の隣で宿題をしていた。
すると、先生に怒られた。
「ここは宿題をするところじゃないのよ。来たいなら、ちゃんと書道を習いに来なさい。」
わたしは、自分で進んでそこで宿題をしようと思ったわけでなく、誘われて行ったような気がするので、しょぼんとした気分になった。
そして、帰るなり、母に言ったのだ。
「来週から書道習う!」
なぜそうなるの?!怒られたら普通行きたくないとおもうのに…
決して優しい雰囲気の先生ではなく、厳しい雰囲気の先生だったし、いまのわたしならきっと行かない。
でも、当時のわたしは、習わなきゃいけない気持ちになったのだ。
それから、卒業まで5年間習った。ピアノ・書道・そろばん〈週2〉・通級・遊び…忙しい子どもだった。
2,最後の一人が間違えずに読めたらご褒美
4年生くらいのとき、国語の授業で先生がみんなに言った。
「最後の一人が間違えずにこのお話を読み切ったら、ご褒美に〇〇できるぞー!!」
〇〇の内容は覚えていないけれど、歓声があがったので、よほど子どもたちにとって嬉しいことだったのだろう。
わたしは、国語の音読が大好きだった。
1年生のころから、毎日音読の宿題が出ていたが、わたしはすすんでやっていた。
だから、すごく自信があった。
迷わず手を挙げた。数人手を挙げたのだが、先生はわたしを指名してくれた。
みんなのご褒美がかかっている。こんな失敗したら文句言われそうなもの、手を挙げないほうがいいに決まっているのに…
わたしは、意気揚々と読み始めた。
終盤までいい感じに自信満々に読んでいたのだが…最後の最後に読み間違えてしまった!
「ハイ、ざんね~ん」
先生の声と同時に、子どもたちの落胆の声。
授業が終わると、男子に「間違えるなよ~」と言われ、しょぼん。
やったあとに、「しまった…」と後悔する子どもだった。
3,わたしが一番に食べ終わるから先に食べないでね
わたしの小学校では、クラス対抗の給食の残量が少ないクラスが勝ち、というイベントが年に数回あった。
4年生の時、そのイベントである女の子が班のみんなに言った。
「わたしが一番に食べるから、みんな絶対に先に食べないでね」
わたしはその子の隣に座っていたので、わたしのほうを見て、くぎを刺してきた。
「わたしがいちばんだから」
そう言われた。
わたしは、
と心のなかで思って〈言い返せず〉、いつも通りのスピードで食べた。
そしたら…その子より早く食べてしまったのだ😢
ゆっくり食べればいいのに…きっとみんなその子の顔色を見てゆっくり食べていた。
「言ったのに!」
と、言われて、
「ごめんね・・・」
と謝ったのだった。
4,絶対受からないと言われた受験校を受ける
いきなり中学3年生に飛ぶが、中学3年生になり、受験校を決めるとき、わたしはそのときの自分のレベルよりも難易度の高い高校を選んだ。
担任の先生は三者面談でわたしに、
「そこは絶対受からないよ」
と言ってきた。わたしはそんなことを言われて悔しかった。
先生は、受験後も落ちたと思っていたようで、心配の声をかけてきた。わたしが落ち込んではいないかと。合格がわかる前に。
だから、わたしも採点をしたとき、あ~先生もそういうしやっぱりだめだったかな~と落ち込んでいた。
でも!
わたしの高校は、2教科の成績が抜きんでて良い生徒を評価してもらえる高校だった。
担任は、理数系の成績を見て、受からないと思っていたようだが、国語と英語が得意だったおかげで合格できた。
自分でも信じられなくて、すごく嬉しかった。
結局、他にもあるいろんなエピソードを思い出してわかったことは。
負けず嫌いだということ!
それでも、大人になると、臆病にもなってくる。
よいのかわるいのか。
息子を見ていて、なんだかわたしに似ていることに気づいた。
負けず嫌いだった子ども時代を思い出して。
大人の私も、不可能に思われることでも可能にしてゆきたい。
そう心に誓った。