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今日の夢

こんな夢を見た。

僕は顔が酷く爛れた、醜い男である。顔が爛れてしまった理由は思い出せない。長らく、この姿のままどうにか生きてきた。目が醒めたら、顔が爛れていたところから、僕の記憶は始まる。
鏡を見て絶望した。この見た目で人に会えやしないと思い、ずっと家に引きこもって生活している。

唯一の娯楽は、時々家へやってくる友人だけだった。彼の記憶は残っていない。突然家に来て、古くからの友人だと彼は自称した。何も覚えていない僕は、それを受け入れるしかない。

ある時、その友人が結婚をするという。
聡明でさっぱりした、良い男だと思う。こんな僕とずっと友人でいてくれるような、おおらかな男だ。
彼は、その恋人を僕に会わせたいと言った。
しかし僕は、僕のせいで彼自身の評価が下がるのではないかと恐れて断った。
それでも彼は、僕を紹介したいと言う。
彼の熱量に押されて僕は、渋々承諾した。

彼の恋人と会うのに僕は、条件をつけた。
昼間ではなく夜会うこと。
彼女に事前に僕のことを伝えておいてもらうこと。
彼への配慮のつもりだったが今思えば僕自身が僕を守るためにそう言ったのかもしれない。
彼は、この条件をあっさり飲んだ。

彼が僕の家に来る晩、僕は少しでも顔が見えないように、家の電気を切って蝋燭を並べた。
家の戸が叩かれ、彼が僕の家の扉を勝手に開ける。
これは、いつものことである。

彼は、小柄な女性と連れ立って僕の家へやってきた。
茶色の髪を肩辺りまで伸ばした、爽やかな印象のある女性だった。僕の、家というよりも巣に近いものに入れるには憚られるほど煌々しい恋人たちは、厭な顔一つしなかった。
女性の方も、僕に対して一度も嫌悪を覗かせない。安心感と、不安が広がった。
他愛のない話をして、その日はそのまま解散した。結婚式に呼ぶと言ってくれたが、僕が足を運ぶことはないだろう。ささやかな祝いは贈るくらいにとどめるのを想像した。

それから数日経ち、僕は礼拝堂へ行った。深夜、誰もいない礼拝堂は、キリストの十字架と仏像が乱立する、異界のようなおぞましさがあった。僕にとって、その光景はなによりも安心するものだ。
何を懺悔するでも、説法を聞くでもなくぼんやりしていると、こんな時間なのに人が入ってくる気配がした。僕は咄嗟に下を向いて顔を見られないようにする。軽い足音が近づき、僕の横のベンチに腰を下ろした。

名前を呼ばれる。思わずそちらを向くと、彼の恋人がそこにいた。こんな夜更けに、というと、彼女はこの暗い礼拝堂が好きなんですと言った。
僕たちは少しだけ宗教の話をして、それから好きなものの話をして、帰ることにした。
彼女は、好きなものの一つに、兄を挙げた。しかし、その兄はこの世にはもういないらしい。正確には、生死不明なのだという。幼い頃の大好きだった記憶だけ心に残っているらしい。会えると良いですね、というありきたりな返事しかできなかった。

彼女を家に送る際、酔っ払いがすれ違った。彼は僕の顔を見て恐怖の色を浮かべた。彼女といると忘れてしまうが、僕は異形の形をしているのだ。改めて思い知らされたのだった。

それからどれくらい時間が経ったのかわからない。僕が礼拝堂に行くと、一つの手紙が落ちていた。手に取ると、宛名は彼女。送り主は彼だった。思わず文章を目で追ってしまう。
彼が別の女性と駆け落ちすること。
彼女のことを愛していなかったこと。
咄嗟にその手紙を隠してしまった。どうしたらよいのかわからなかった。

礼拝堂で途方に暮れていると、男女の争う声が聞こえてきた。
見るまでもなく、彼と彼女だと分かった。
内容は聞き取れない。しかし彼は酷い言葉で彼女を罵倒した。
彼女は何も言い返さない。
激昂したらしい彼が、僕の名前を出した。

「あんな気持ち悪い奴を見せて面白がらないような女願い下げだ」

彼は密かに僕を笑っていたのだ。友人だから良くしてくれたのではなく、見世物として楽しんでいたのだ。

「お兄ちゃんのことを悪く言わないで」

耳を疑った。彼も、何のことかわからないようだった。
思わずその場に飛び出す。ふたりが、驚いた眼でこちらを見ていた。
彼は無言で逃げ去った。

彼女をじっと見つめる。
彼女は、優しい目で僕を見つめていた。

「この間話したお兄ちゃんってね、あなたのことなの」


僕は顔に巻かれた包帯を取った。彼女と、彼女の父親…つまり僕の父がお金を出し合って整形手術を受けさせてくれた。鏡を見ると、慣れ親しんだ僕の顔がそこにはあった。

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鬼堂廻
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