見出し画像

あめえばぴぐでブイブイ言わせてた頃のはなし

はい。

雨の止まないこの7月、久々になんだかノスタルジックな気分になり、自室のPCを開く......

※自室のPCは昔から作ってきた創作物が溜め込まれている魔窟なのだ

そして.....

とんでもない青春の1ページを思い出すことになった。

画像1

このロゴマークに見覚えはないだろうか。

そう、

アメーバ

勝手に同世代は通っている道だと思っている。このアメーバにはアメーバピグというキャラクターを使ってバーチャル空間で交流を楽しむコンテンツがある。
そして何を隠そう、このアメーバピグに前半青春期(※小学校6年〜中学3年くらいまでの期間を指す。今作った。)を注いでいたのだ。

画像2

(こんな感じのキャラを作ってチャットしたり名所に遊びに行ったりする)

きっと見たことある!という人が多いだろう。そんなアメーバピグが、今年12月にサービス終了するらしい。
全然開いていなかった身でありながら、母校の廃校レベルで寂しくなった。
そんなアメーバピグに想いを馳せながら、我が青春を振り返って行こうと思う。

①きっかけ

始めたきっかけは、些細な友人の一言だった。当時中学1年生だっただろうか。スマートフォンも普及していない時代、友人とのやりとりはEメールが主流だった。
しかしEメールではタイムリーさが無い。電話すれば良いのだが、会話を親に聞かれるのも好きじゃなかったし、文面のやりとりだからイイ!みたいな中学生特有の謎イキリもあった。

そんな時友人がハマっていると話してきたのがアメーバピグである。

あまり詳しくは覚えてないがこんなことを言われた。

・キャラクターを作って遊べる
・チャットできる
どうぶつの森みたいな感じ

初めはへーくらいな感想だったが、元よりどうぶつの森が大好きだった僕は心惹かれた。
そして友人との会話もメールよりスムーズに行えると聞いて、早速ボロッボロのお下がりPCから会員登録したのだった。

②革命

アメーバピグは革命だった。自分の言葉がタイムリーに相手に伝わる。いまのラインキッズには想像つかないだろうけれど、メールが主流だったあの頃、ダイレクトなやりとりは新鮮だった。
その上キャラクターも可愛い。
自分で顔パーツをいじれ、衣装も変えられるのである。
一応課金システムもあるのだが、当時のアメーバピグは無課金勢にも優しく、衣装引換券や無料アイテムが多かった。

厨二病真っ盛りの中学生なんかにはたまらないアイテムも豊富で、毎日飽きもせずグッピグ(いいねみたいなもの)を集めていた気がする。

先ほど載せた画像は、実際に中学3年くらいで時が止まっている自分のキャラだ。
ハイカラさを極めたおしゃれでカッコいいキャラに仕上げた記憶がある。

そして本来の目的でもあった「友人との対話」を楽しみ、まるで現実で話しているかのような充実感も得られていた。
ワールドも「渋谷」や「竹下通り」といった現実的な場所から「原始時代」「大航海時代」などちょっとしたロマンある場所も用意されていた。

③革命その2

まったりと友人(リア友)との時間を楽しむことがメインではあったが、徐々にハマっていき1人だけでもピグにログインするようになった。

そんな時はふらりと鴨川(当時人気スポットの1つ。和装していた僕はよく此処にいた)に出向いてワーワー知らない人が喋っているのを眺めていた。

ある日鴨川にいると、隣にわざわざ座ってくる女の子がいた。
ネットの中でもコミュ障だったので距離を取る。しかし追って隣に座る。
今まで友人としか喋ってこなかったせいもあり、「なんだこいつ」と思いつつ、勇気を振り絞って声をかけてみることにした。

「あのーどうしました?」

こんな感じだったと思う。どうしましたってなんだよ。コミュ障にもほどがあるだろっていうアプローチの仕方である。
すると、こんな風に返事が来たのだ。

「めっちゃかっこいいんで、隣来ました。付き合いません?」

かっっっっっっる。なにそれ。
みたいな感情になったのを覚えている。

当時P彼、Pカノというのが流行っており、アメーバの中で恋人関係になるというシステムだった。
(プロフィール欄にPカノ:〇〇みたいに入れるのが暗黙?らしい...)
それにならないか、という誘いだ。
まずピグの世界でもイケメンがモテる。美人がモテる。
因みにピグは、ゴリッゴリの和装V系みたいな見た目にしていた。
それが功を奏したのか(?)バンギャっぽい見た目の派手な女の子に告られたというわけだ。

もちろん、丁重にお断りした。ガッチガチの厨二病だったので「ちょっと見回りが忙しくて」とかいうわけわからん理由で断った。(この頃新撰組に駄々ハマりしていた)

そんな異文化の「洗礼」を受けた僕はさらなる深みへと足を踏み入れるのだった.......

④コミュニティ

ピグの機能に「コミュニティ」というものがあった。名称は違うかもしれないが部活に匹敵するコミュニティを運営できた。
同じ趣味のユーザー同士が部活動のようには集まって話す、みたいな場所だったと思う。

誘ってくれた友人が毎日ログインしてくれるわけでもなかったため、僕はアメーバピグの中でも「友人」を作ろうと考えた。
そこで一役買ったのが、このコミュニティという機能だった。

新撰組に駄々ハマりしていたと前述したが、そう、びっくりするくらい新撰組にハマっていた。

元々歴史オタクだったが、その中でも群を抜いて新撰組が好きだった。部屋中に局中法度を貼りまくり、土方歳三の写真を貼り、新撰組の本を貪り読んでいた。

新撰組に入りたすぎて毎日泣いていたし、なんで江戸時代に生まれてないんだと悔しい思いをしていた。割と深いところまで必死になって勉強していたと思う。

ここまでくれば賢い読者のみんなならわかるだろう。
そう、コミュニティは「新撰組」に入ろうと決めた。

新撰組と名前のつくコミュニティを片っ端から探して、「語り合おう!」や「新撰組あつまれー」という生ぬるい文句を書いているところは除外した。(めちゃくちゃ厨二病だったので、マジの「新撰組」に入りたかった、ネットの中だけでも)

いや〜ないか〜と思っていたが、広いネットの海には同じ考えの人間も一定数存在するものだ。

新撰組があった。

説明欄には「士道に背くまじきこと」から局中法度がはじまり、「隊士求む」と結ばれていた。

これだ

これしかない。そう思った僕はびっくりするくらいの長文で入隊希望メッセージを局長(近藤勇)に送った。
ネット上で新撰組って何するのか全くわからなかったけれど、とりあえず新撰組に入りたかったのだ。

1日も待たず局長から面接の日取りを決めるメッセージが届いた。暇人中学生の僕は次の日の夜に面接を行うことになった。

⑤念願の入隊

面接の日が来た。学校の3者面談より緊張したのを覚えている。まあ、バーチャルの世界だけれど。

コミュニティには部室のような場所があり、指定された時間にそこへ行くとずらりと新撰組の羽織を着たアバターが並んでいた。

上座には写真にめちゃくちゃ似せて作ってある近藤勇のアバターが鎮座している。
きっと課金しまくったんだろうなと言う豪華な室内に感心と大人の力を感じ、憧れを抱きつつ、第一声を発した。

「面接に来ました、隼人(仮)です」

ここでは名前を仮名にする。なぜならこの時使っていたハンドルネームは武将から1字ずついただいて自分で作り、検索されると100%ヒットしてもう消せないヤバイブログを発掘されるからだ。(ヤバイと言っても、土方歳三への恋文や、妄想で新撰組に潜入した時のエッセイ?みたいなのがあるだけだが)

「隼人くんか。入隊希望の文を読んだよ」

こんなこと言われた気がする。これは近藤勇が喋っている。うおおおお近藤さんだあああああって興奮してた気がする。我ながら可愛い反応だ。

そこから、見回りに行くとのことで人が減っていき最終的には近藤勇、土方歳三、沖田総司がその場に残った。
アバターも結構史実に寄せてあり、(総司は薄桜鬼だった)ワクワクしたのを覚えている。

「面接を始めようか。では、まず新撰組隊士にあるべき心はなんだと思う?」

みたいなことを聞かれた。なんて答えたかは忘れた。「信念と局中法度に基づいた己の武士道精神」みたいなこと言った気がする。
そしたらそれを偉く気に入られ、近藤さんは割と好感触だった。

しかし手強いのが土方歳三。まあ史実っぽくてこれも興奮したんだけれど。

「俺ァ今新入隊士入れんのは反対だな。最近じゃ荒らしも多いしよ」

みたいなことを言われてうっひょお!って喜んだ。なぜなら土方歳三が新入隊士に言いそうな台詞Top10入りする台詞だからだ。
今思えば、この土方歳三の中の人も相当な土方厨だったのだろう。

沖田総司は完全薄桜鬼のキャラクター性で行くらしく、「まあいいんじゃない?何かあったら僕が斬るし。使えそうだよ」みたいなこと言ってた。

結局その日は好きな隊士とか、武士道とは何かみたいな話をして、新撰組愛を確認されて終わった。

受かってますように、と祈りながら眠る自分はまさに江戸時代に遡ったかのようだった。

⑥合否通知

チャット内でのメッセージ機能があり、そこに通知マークがついた。

来た!新撰組からの通知だ!とドキドキしながら封を開ける。

「合格」

結構声が出るくらい嬉しかった。万歳をパソコン前でしてたような気がする。
「今夜10時に屯所に来るように」との言葉も添えてあり、初めて味わうような不思議な喜びを噛み締めた。

いよいよ10時なり、屯所へと足を運ぶと面接時よりも多くの隊士がずらりと座っており、入室時に「お、この子かー」などと話しかけられた。

緊急集会という形で召集してくれたらしく、皆の前で紹介され、配属する隊を告げられた。1番隊だ。

もちろん、隊長は沖田さん(薄桜鬼)

しばらくは沖田さんに付いて仕事を見るように言われた。
仕事といっても、週に1回、混み合う時間に混み合う場所へ行って迷惑行為を取り締まるというもの。(巡回、見回りと呼んでいた)
その時に迷惑行為をしている人物を控えて運営に通報するのが主な役割だった。

別に危険なことは無いのだが、新撰組らしさを出すためにわざと緊張感のある空気を作っていたようだ。

沖田さんにもそこそこ気に入られ、晴れて僕は新撰組隊士となったのである。

パート2へ続く

#アメーバピグ #青春 #インターネット #厨二病 #新撰組

いいなと思ったら応援しよう!

鬼堂廻
有意義に使わせて頂きます。