「リアリティと悪魔信仰」2021年4月20日の日記
小説が書きたいな、という気になった。
では、何を?
僕は非現実的なことが好きなのでどうしてもフィクションに近いものを書きがちだ。リアルなヒューマンドラマがかけない。
今、実際書いている話も妖怪物でなかなかファンタジーだ。
僕の妙なモットーで、Noteには出来るだけリアルな側面を残していきたいと思っている。だから、ファンタジーじゃないものをここには残して生きたい。
もう一つくらい何か書けたらいいのにな~アイディアが浮かばないのでそれまでだ…
やはり僕はこう、自分に妙に自信がないのだと思う。自分の作品は凄い、と胸を張って言えない。頑張って書いているとは思うけれど人の時間を借りてまで読んでもらっていいんだろうかと、そればかり考えてしまう。そのせいで色々と足踏みをしてしまうのだ。非常によくない。
自信をもって「これでいいんだ」と思えるようになりたいものだ。
何が足りないのだろうか。わからない。自分に納得していない方が大きいのだろう。
ビックバンドを聞いている。
ジャズをやっていたことがあるのでビックバンドの演奏は好きだ。
時々見ては「あ~僕もまた音楽やりたいな~」と思って止まる。いざ行動に移してみるのもイイとは思うが、なかなか音楽、しかも管楽器となると難しい。練習も家じゃやりにくいしね。
因みに僕はテナーサックスを4年くらいやっていたのでまたやりたいなあと思っている。
ジャズの生演奏が聞けるバーに行きたい。
最近突然ベースがやってみたくなってベースを練習している。東京事変の能動的3分間が弾きたいのだけれど初心者が選ぶべき曲じゃない。難しい。
でもあの曲が弾きたいのだ…
最近ホラー欲が凄くてホラーばかり見てしまうのだけれど、あんまり怖いものが無くて困る。
「死霊館」を見た。
怖い怖いと絶賛されているから楽しみにしていたが、怖くはなかった。面白かったけれど。
海外のホラーになるとどうしても悪魔信仰が入ってきてしまうので身近に感じられず急に「映画の中の出来事」になってしまう。
日常的なポルターガイストとかはリアルで没入感があるのに、どうしても悪魔信仰に恐怖を感じられず、すっと感情移入をやめてしまう傾向にある。
というのも、悪魔の存在を知るツールがアニメや漫画だったせいもあり。僕の脳内では悪魔=萌えキャラ又はイケメンキャラになってしまっているからだ。悪魔をマスコット的に感じてしまうのだ。
何が言いたいかというと、第一印象というものは大事で、その印象で今後のことが左右されてしまうということだ。
サタンと聞けば鬼灯の冷徹のサタンが出てきてしまうし、悪魔と括られると黒執事やチェンソーマンが先に出てきてしまうのだ。
そうなるとやっぱ邦画しかないのかなあ。