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光文社×宣伝会議コラボ「ほんとうの欲求は、ほとんど無自覚」全文書き起こし

1月20日に、株式会社ピースオブケイクnoteイベントホールにて、弊社デコム代表の大松孝弘と山口周さんの講演会が行われました。このnoteは、当日の講演会の最短最速文字起こし録です。

ちなみに、全文で1万3000字近くあります。朝の通勤中、ランチ中、家に帰る最中にちょっとずつ読まれると良いかもしれません。

アイキャッチ画像にもあるように、当日の講演会は出版社の垣根を超えて、光文社さんと宣伝会議さんの協業で開催されました。

そもそものキッカケは、私が2019年10月に光文社さんからインサイト解説本なぜ「つい買ってしまう」のか?を刊行し、続けて弊社デコム代表の大松が2020年01月に宣伝会議さんから同じくインサイト解説本ほんとうの欲求は、ほとんど無自覚を刊行したことです。

「デコムから、立て続けにインサイトの本を出させて頂いた。どうせなら、出版社の垣根を超えて、"インサイトって凄いね"と広く知って貰わないといけない!出版社で何かコラボできませんか?」

というデコムからの呼びかけに対して、光文社さんと宣伝会議さんに快く了承をいただいたのが始まりです。

コラボイベント第1回は、光文社さんから世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~を刊行された山口周さんをお招きして、マーケティングの話、無自覚な欲求の話に関して、弊社デコム代表の大松が対談しました。

当日は最初に30分間の大松の講演があったのですが、そちらは文字に残せないので泣く泣くカット…。当日のTwitter実況中継で雰囲気を味わっていただければ幸いです。

また、当日に会場を貸して下さった株式会社ピースオブケイク様には厚く御礼申し上げます!!


将棋の指し方を教えたら将棋が上手くなるか

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山口:今日のお話、まず2つ感想があります。1つは、私が普段から思っている問題意識と同じ点を見事に捉えて頂いたな、と感じました。もう1つは大松さんの話を聞かれて皆さんも感じられたと思うのですが、考え続けている人って、深みが出ますよね。どれくらい、インサイトについて考え続けられたのですか?と思いました。

方法論として粘って考え続けている人じゃないと、ここまで行き着けないと思うのです。スライドで「消費財メーカーの開発プロセス」を紹介されていました。コンセプトを作る時に定性・定量、パッケージやネーミングを作る時に定性・定量…確かにあのようなプロセスで進めていくべきなのですが、仕事を通じて、徐々に気付きながら知見として蓄積されていったのですか?

大松:そうですね。

山口:何年ぐらい蓄積されたものなんですか?

大松:かれこれ、20年ぐらいは考えてます。

山口:そうですよね。1つのテーマで20年考え続けると、深いものが出てくるってことなんですよね。ちなみに10年前と今を比べてどうですか? この10年で、さらに深くなっているんでしょうか?

大松:たまたま週末に、2011年にデコムで作成した動画を見つけたんです。デコムってこんな考え方で、こういうことやってますというのを知って貰うヘンテコな動画です。それを改めて見て感じたんですが、言っていることはそんなに変わっていないんですね。問題意識は変わっていない。

ですが、変わった点で言うと、アートをやる仕事ですと言いながら、再現性を求めようとしていた10年間でした。プロセスや、どういうやり方をしたら良くなるかばかり考えていました。会社には社員26名いますけど、僕だからできるとかは何にもならない。

山口:みんな出来るとなると、それはそれで困りますよね?

大松:組織としてもう少し出来ないかなぁ、コンスタントにインサイトが分かるにはどうしたら良いのかなぁ、なんて突き詰めて考えてきました。そうなると、サイエンスっぽい話になってしまいますけど。

山口:1人しか出来ないからこそ、競争優位という考え方もあります。誰でも出来るようにマニュアルで纏めましたとなると、それが直ぐ流出して「うちは元祖」「うちが本家」みたいになってくる。

一方で、ある程度教えて出来るようにならないと、ビジネスがスケールしないという問題も抱えている。インサイトの発見って、教えて出来るものなのですか?

大松:「将棋の指し方を教えたら将棋が上手くなるか」という話と一緒で、まぁ、ならないですよね。でも、将棋教室に通って上手い人とずっと対局するじゃないですか。そうやって上手くしていくのは可能かなと思います。

山口:全く上手くならないわけではないんですね。

大松:将棋に定石があるのと一緒で…。

山口:情報をリッチに与えて、インサイトを言語化してあげれば出来るようになるし、経験の場を与えること自体が企業の価値と言う見方もあるんでしょうね。

ちょっと系統が違う仕事ですが、アートに相当近い領域で、言語化して方法論としてまとめることに相当拘った人の1人に、電通の大先輩の佐藤雅彦さんがいらっしゃいます。佐藤さんは34歳の時に、セールスプロモーション局からクリエイティブディレクション局に希望して転局されたんですよね。

クリエイティブとしては遅咲き。当時の考え方として「20代で色んな経験をして、教え込まないとクリエイターとして大成しない」と言われていた。だから皆、教えたがらないわけですよ。

佐藤さんはもともと数学の研究をやっていた人で、同じようにクリエイティブにも「法則」があるんじゃないかと考えられたんです。そこで世界中のヒットシーンを大量に集めた結果、じゃんじゃんルールを量産する。本人は20ぐらい作ったと言っておられた。彼に作らせるとGRPに対して異常な認知度が出るので、一時期は「佐藤が来てくれるなら競合コンペにしない」ってクライアントが言ってくれて、営業局から引っ張りだこになったという話があるんです。言語化というのを聞いてそういう話を思い出しました。


言語化すると必ず理性をまとう

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山口:大松さんの講演を聞いて、僕は「マズローの欲求5段階説」を思い出しました。ビジネスの文脈で語れる人って、あんまりいないですよね。

考えてみれば、昭和は下2つの安全欲求と生理欲求の領域にアドレスして伸びたんですね。不満を言って下さいって聞くと「寒い」とか「腹が減った」とか「腐った食べ物食べちゃった」とか、子供でも言う内容を返してくる。「エアコンどうぞ」「冷蔵庫、必要ですね」と言える。ものすごく分かりやすい。不満を抱えている人も言語化しやすいし、その不満を数値化して定量的に把握しやすい。

ただ、安全欲求と生理欲求が解消されると、社会的欲求と承認欲求、自己実現欲求が残るんですが、これらは言語化しにくいと思います。

あともう1つ。マクドナルドに対する不満を聞いて「ヘルシーなら」「サラダが良い」みたいな反応って、頭で答えていると思うんです。一方で「分厚いハンバーガーをガブッと食べたい」みたいな反応は、心で答えていると思うんです。

「言語化」がすごく難しいのは、必ず大脳新皮質を経由するから、つまり理性そのものなんです。言語化すると必ず理性をまとう。「エモーション」を言語化するトレーニングって小説家か詩人ぐらいしかやらないでしょう。普通の人って、言語化すると必ず理性で答えてしまう。

ですから、お話を聞いていて「なるほどな!」と思ったのは、フォーカスグループインタビューでも定量の市場調査でも、言語を一回経由しちゃうと理性を経由した回答になってしまう。一方で「心を動かす」って大脳辺縁系の話なので、言語化しにくいんですよ。ここは限界がある。

物質的な欲求、言語化しやすい欲求が解決されちゃった時代における欲求の在り方と、20世後半に開発されたマーケティング手法がものすごくズレを起こしているところに、大松さんは切り込んだんだなー、そこで大きな価値が生まれたんだなーというのを感じました。

ーー(司会進行:松本)お話がすごく盛り上がっているので、ここで少しガヤを入れます。大松とも以前話したのですが、非合理的な人間の行動をサイエンスで捉えるには限界が来ているのではないか、とデコムでは考えるようになりました。この10年、データに対する比重が高まる一方で、デコムの存在価値が格段高まったのは、それだけじゃいけないと気付かれた企業様もおられるからだと考えています。そのあたり、大松さんの想いがあればお聞きしたいです。

大松:山口さんから「10年前との変化」という話を頂きました。もう1つお話をしようと思っていたのですが、企業側は確実に変わってきたという認識があります。

10年前は、マーケティングリサーチは「仮説があって検証するもの」と思われていました。サイエンスの部分をマーケティングリサーチとして取り扱っていたんです。アートの部分、つまり「仮説を広げる」のは調査と相入れないというか、「そんなのお前の仕事だろ?頑張れよ!」というガッツで済まされていた。この10年で、アートの部分に投資をしようとする企業が多くなったと思います。

我々のビジネスもキツかったです。仮説探索を手伝うんでお金下さい、なんて言っても伝わらなかった。でも、良い仮説が見つからない限りダメなんです。どれだけ素敵な仮説検証の手法があっても、仮説を良くしてくれるわけでは無い。仮説探索にお金を使わないといけない、という問題意識がまさに生まれてきています。

デザイン思考とか、そういう方法を使えば筋の良い仮説がうちの会社でもいっぱい出せるのかな、と取り組んでくれる企業が多くなっている気がしますね。サイエンスの限界と松本は言いましたが、サイエンスで出来ることは分かっているし、MBAに行けば教えてくれることも分かっているし、その先を教えてくれよ!と考えているのだろうと思います。

山口:定量調査って、架空の平均像を作っちゃいますよね。平均がこれぐらいで、標準偏差がこれくらい。でも、どちらかというと、n1の真実が重いんです。

で、僕また話がどんどん飛ぶんですけど…ビジネススクールでマーケティングを教えていた時期があるんです。架空の平均像でも構わないと思うんですけど、そこから人間像を立ち上げられる人と、立ち上げられない人がいるんですよ。イマジネーションの問題だと思うんですが。

人間像を立ち上げられない人って「車のことが良くわからないお婆さんが、タイヤからなにかよく分からないアラートが出たんで、とりあえず買いに来ました」ってときに、どういう戸惑いを覚えるかがイメージができないんです。だから架空の平均像、抽象データに戻っちゃうんですね。

抽象データって左脳であり客観なんですけど、いったんそのデータを刺激材として、自分の中に人間を立ち上げるべきなんですよ。そのお婆さんがどういう気持ちになるか、どういう行動をとるのかって、ある種のストーリーやシーンを思い浮かべられる人が、人間像を立ち上げられる人。

昔は抽象データがパワーがあったし、欲求や不満の質が分かりやすかったんですけど、とは言え、人に対する洞察力が無いと厳しいってのは昔から変わらなかったような気もしますね。


n1から万人に共通して根底に流れる欲望を見抜いてやれ

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山口:n1からでも、普遍的な人間の悩みを読み取れるかどうかが大事だと思っています。一種の教養だな、と感じたんです。文学作品見たり映画・ドラマ見たり、なんでもいいんですけど、人間ってこういうもんだろう…って洞察力が最後は重要だなって思ったんですけど、いかがですか?

大松:おっしゃるように、私たちデコムはn1から世界中の人々に共通している欲求を見つけたいです。それを充たせれば、アップルみたいに世界中10人に1人がiPhone使ってます…なんて世界観を目指しています。

マーケティングって、コトラーさんがセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを世界に広めて「まず切り刻まないといけないんじゃないか」と曲解されちゃいましたよね。n1から万人に共通して根底に流れる欲望を見抜いてやれ、って野心が無くなってしまった。消費者や市場を切り刻んで「ニーズは18%です」「ターゲットは何万人です」とか言っちゃう。

代表値の話がありましたけど、傾向として増えてる減ってるより、人間を考えられるかって重要だと思うんです。データが溢れている時代だからこそ、表面を舐める人が増えていると思っています。

この間、あるYouTuberと若い女性の研究をされている方たちとトークセッションをやったんですね。昔は「インスタ映え」的な非日常系動画が流行っていましたけど、今はGRWM(Get Ready With Me)とか、モーニングルーティーンとか、日常系動画が増えています。「だから非日常から日常にSNSの世界は大きくトレンドが変わっている」と言ってたんですね。

「それ、なんでなの?」と聞いたんです。だって、それはただの現象ですよね。それで人の事、理解したつもりになってんの? …いや、そんな強く言わないですよ、心の中で思ったんですけどね(笑)。でも、答えの要領が得ないんですよ。答えになっていない。

聞き方を変えて「テレビを見ている時とYouTubeを見ている時の気持ちってどう違うの?」とシーンを限定して聞いてみる。でも要領を得ない。浅いなぁ、と思いましたね。

書籍では「人を深く洞察する観点」として4つ掲げているので、ぜひ読んで欲しいんですけど(笑)。洞察にはある種の型があるので、シーンとか感情とか、そういうのを一筆書きで理解すると、人間理解がもうちょっと進むと思うんですよ。

山口:情報量だけで言うと、定量調査で聞いて、フォーカスグループインタビューで聞きたい質問だけを聞く、そうしてある程度の像がそこから浮かび上がるでしょう。でもn1を具体的に見て立ち上がってくる問題は、情報の質として違うと思うんです。

先日、リクルートでスタディサプリを立ち上げた山口文洋さんとお会いしまして、彼がスタディサプリを立ち上げようと思ったキッカケになった話を伺いました。経済的に苦しい状況にある母子家庭なんだけど、大変聡明なお子さんがいらっしゃる家庭にお会いになったそうです。

良い大学に行かせるには良い私立、良い私立に行かせるためにはSAPIXのような塾に行かせないといけない。とてもじゃないけど私にはできない。友達も塾に行っているし自分も行きたいと子どもが言っているんだけど、なかなか行かせてあげれないとお母さんが涙ながらに語っている。彼はもの凄く共感して、次は憤りを感じたそうです。これだけデジタルだ何だと言われている中で、教育はなぜ20世紀のままなんだ、と。もともとコンテンツビジネスですから、レバレッジが効くはずなんです。

良い授業を作って、コピーすれば、大勢から少しずつお金を貰って、結果的に大量のお金を講師に渡せる。ミュージックアーティストのようなモデルができるんじゃないかと考えて、スタディサプリを始められた。

経済的に今苦しい状況にある人がいるって、統計的に観れるんです。だから平均年収だとか母子家庭が苦しいってデータはみんな知っていますよね。だけど、そういう事業を起こそうとはならない。

今は、ビジネスにモチベーションを感じにくい時代ですよね。n1から真実が見えて、ストーリーが現れたほうがビジネスをやる側としてもパワーが出るでしょう。具体的な人間像が見えていて、誰のために何の仕事をやっているのかが感じれる。モチベーションという観点から、n1という高い解像度で人間が見えているのは、競争優位を左右するなぁと思います。


それじゃないんですよ、お母さんの琴線は

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山口:マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「I Have a Dream」ってありますよね。黒人差別が酷いから是正すべきだって演説をするなら、平均的に黒人男性の年収はこれぐらい、管理職に就いている割合がこれぐらい、データで抽象的に語ることができるんです。彼はn1の状況として、黒人と白人が同じテーブルについて人類の自由を語り合っている姿が見えるって言ったんです。世の中を動かすとき、人を動かすとき、パワーがあるのは具体であり、ストーリーであるという気がするんです。どこ向かって走っているかと悩む時に、凄く有効なアプローチになるのではないでしょうか。

大松:やっぱりビジネスって、そんなに簡単に上手く行かないので、挫けそうになるわけです。そういうときに支えてくれるのはn1なんです。スコアとか代表値が支えてくれるわけじゃない。

さっきおっしゃられたような、経済的に難しいけど何とかしてやりたいというお母さんの辛い想いを目の当たりにしていることが、ビジネスを進めて行く人にとっての生きる意味に繋がっていくと思うんです。

ですから、政府や公共政策とかも、n1を考えて欲しい。さっきの話だと、補助金とかになるんです。それじゃないんですよ、お母さんの琴線は。他の子どもたちと同じような環境を与えてあげたいだけなんです。

山口:やっぱり心の問題なんですよね。人間を立ち上げないと、金出しときゃいいじゃないかってなっちゃう。他の子どもたちと同じように塾に行って一緒に切磋琢磨させたい、という親の「子供を思う気持ち」に対する創造力が大事なんです。共感する力と言っても良いと思う。熱い、寒いだったら当然共感できるんでしょうが、もう少し「切なさ」というか「哀」感みたいなのにアドレスできないと、難しいですよね。

大松さんの話を聞いていて、組織変革の文脈の中でもn1は重要だという話を思い出しました。アメリカにこういう話があります。

ある病院の経営が上手く行ってなくて、いろんな組織調査をやるんです。離職率とか従業員の満足度とか、患者の満足度とか、さらに患者の家族の満足度とかまで測る。病院長がスコアを見て「ちゃんとやれ」って言う。それでもどんどん下がっていく。

その病院には、患者や、その家族が書けるノートが置いているんです。ある日、ある患者の家族の書き込みがありました。その患者は胃がんの手術をやる予定で、数日前から食事ができませんでした。ですが当日にオペレーションにミスがあって、手術ができなくなってしまい、次の日にやることになりました。患者はトータルで4日間ほぼ何も食べられなくて衰弱してしまい、しかも結果的に亡くなってしまった。ノートには、患者の最期の4日間にこういう扱われ方をされたことに対する悲しみが書かれていたそうです。

そのノートがコピーされて、病院内を回るようになってから変革が進むようになったんですね。この方、本名では無く仮名でMr.Robertと書かれているようなのですが、「No more Mr.Robert」という呼び掛けで、自分たちの仕事をもう1回考え直そうよという流れになり、組織変革が自発的にスタートしたんですね。

組織変革においても、共感というか、n1というか、解像度の高い顧客像が大きなエネルギー像になるんじゃないかなぁと思いますね。

大松:話を伺っていて思い出したエピソードがあります。「不登校新聞」という新聞があります。不登校の子供をお持ちのご家庭や、教育関係者が読む新聞なんです。新しい編集長の人も不登校体験者なんですね。

彼が編集長になって直ぐ、どんどん部数が減っていって下げ止まらず、このまま行ったら休刊にならざるをえないところまで事態が悪化してしまったそうです。

自分が編集長になって、半年でこれは…と考えて、なんとかしようと色々試行錯誤された。ある日、読者の方のコメントを読み返していたらしいんですね。そこで、ある1つのコメントに目が留まるんです。

「普段は、周りの子は学校に行っているのに、どうしてうちの子だけ不登校になってしまって…と思っているけど、2週間に1回届く不登校新聞を読む時だけは、悩んでいるのは私だけじゃないんだと知れて、ちょっと気が楽になります」

それを見て、「困っているのは自分だけじゃないんだと知る」のが新聞の価値なんだと編集長が気付いて、編集方針を思いっきり変えるんです。それまでは一面に不登校に関する専門家の研究が載っていて、後ろに不登校の体験談が載っていた。それを一面に持ってきて、常に過去の経験を載せるようになった。

解決するわけじゃないんです。不登校新聞を取っている人は、解決したい、じゃないんです。その時だけでも、戦っているのは自分だけじゃないんだ、と分かるのが価値なんです。それ以降、部数が復活していくらしいんです。テレビでやっていたんですけどね。

不登校新聞を読んでいるお母さんに、グループインタビューやったとしても「何とかして子供が学校に行く方法を教えて下さい」という回答になっちゃう。だけどそれは本当に求めている事じゃない。別に不登校だってかまわないんだ、ぐらいの気持ちにさせてくれるのが本当に求められていることなんです。

山口:言葉にするのは、勇気が必要ですよね。表面的には「いかに復帰できるか」「勉強したいと思います」みたい言葉になりますよね。言葉にすることの危うさが出ますよね。


自分自身が求めていることは何なの?

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山口:大松さんは顧客企業を助ける立場でインサイトの作り込みをされていますけど、インサイトって企業の問題だけでなく、自分自身をどうするかって問題にも行き着くじゃないですか。なんか楽しくない、なんかやる気出ない。そういう感情は言語化するとウソが入りますよね。

最近マインドフルネスが流行っているのは、言語化できないんだけれども、自分の奥底でどういう気持ちにあるのかを解像度高く掴む重要さが増しているんじゃないかなぁと思うんです。

大松:心理学に投影法という考え方があります。投影法のコンセプトは人の本心は直接聞いても分からなくて、間接的に明らかにすることができるという発想で、心療内科のカウンセリング方法なんか投影法に基づいています。最初は感覚感情を言語化させずに、これに関しての絵を描いてください、ビジュアルを選んで下さいと対話します。聞きたいのはそこじゃないんですけど、ビジュアルに感覚感情を投影させる。その後に、事実関係を確認していくんです。そういうテクニカルな方法があります。

「自分自身が求めていることは何なの?」みたいな疑問は、直接的に言語で問うても自分自身はよく分からないので、答えられないですよね。だから投影法のようなテクニックを使う場合もあるでしょうし、今日お話をした「お気に入りの行動」から「不満」を紐解く方法もあるでしょう。

山口:キャリアの考え方でも重要ですよね。自分のなりたいこと、あなたの楽しいこと、これって結構違います。色んな人の面接官をしましたし、私自身の過去もそうなんですけど、憧れと、本当のお気に入りって結構ズレている。そして、お気に入りじゃないと活躍できなんですよね。だから何に心が動かされるかを突き詰めて考えて、自分のインサイトを捉えるのは、こういう時代だからこそ非常に重要なんだなと思います。


アートな世界をテクノロジーがサポートする

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ーー(司会進行:松本)ここで少し違う話題を入れさせて下さい。事前に大松と今日何を話すか議論する中で、アート&サイエンスを人力&テックという観点で話せると面白いよね、と気付きました。以下のURLをご覧いただきたいのですが…。

大松:乳ガンを見つけるのに人間のみだと3.5%見過ごす、AIのみだと7%見過ごすので、人間の方が良いですね…って話ではなく、人間とAIが協業すると0.5%の見逃しに終わるみたいなんです。人間がAIに勝っているのは経験とか勘とかセンスで、違和感ってレベルで脳が反応する。ちょっと怪しいなとか、AIで分からないレベルでも気付ける。アートな世界をテクノロジーがサポートすると、さらに面白いなと思うんです。

山口:チェスもそうですよね。2014年に行われたフリースタイルチェス選手権では、人だけでもいいし、人工知能だけでもいいし、人+人工知能でもいいというスタイルが採用されました。

今一番強いのは、人+人工知能の組み合わせです。しかも、グランドマスターという将棋で言うところの名人のような方がいるんですけど、グランドマスター、スーパーコンピュータの人工知能が登場したフリースタイルで、優勝したのはアマチュア2人とMacbook pro数台でした。

これから先は、コンピュータとの協業を上手にデザインできる人、直感は人間がやって、ある程度絞り込んだらコンピュータに任せる人が勝つんでしょう。トーナメントの結果は関係者にとって衝撃を与えたようです。

この先、僕らが考えているのとはちょっと違う新しいアートとサイエンスの組み合わせができるユニットが出てくるんでしょうね。

大松:人間が本当に求めている事をアートとサイエンス、人力とテックと言っても良いのかもしれませんけど、双方が上手く組み合わさって理解すれば飛躍的に良くなる世界が実現すると良いなぁと思うんです。

山口:人間v.s.人工知能という文脈で語られるケースが多いですけど、別に仲良くすれば良いじゃん、って思いますけどね。過剰に対立を煽るような構図が本当に良くない。伝統的にそうなんですよ。1960年代に騒がれていた時から…「2001年宇宙の旅」だって人間が機械にぶっ殺されるでしょう。アラン・ケイが「子供がコンピュータを使えば、より豊かな情操教育が可能になる」っていう世界観を打ち出したんですけど…。本当にこれは良い例だと思いますね。


人が求めているけど充たされないものが共感に繋がる

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ーー(司会進行:松本)いよいよ60分が過ぎようとしていますが…最後に、大松から、最近デコムからプレスリリースを出した「共感フラワー」に絡めた質問をお願いします。

大松:先ほど不登校新聞の話をしましたけど、あれも「1人じゃない」という願望を抱いていたお母さんがいて、それが充たされたおかげで激しく共感につながったんだと解釈しました。

今、うちの会社では「共感」の研究をしています。人はどんなことに共感するのかをフレームにできないかと作ってみました。

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研究の元となったデータは「共感」という文字が含まれたTweetです。3000サンプルぐらい全部読み込んだんです。あとはWebサーベイ、アンケート調査でちょっとテクニックを使って、同じく3000サンプルぐらい集めて分析しています。

その結果、どちらも共通していたのですが、人が求めているけど充たされないものが共感に繋がると分かってきたんです。

「共感」をやろうと思った背景なんですが、ソーシャルグッドとかSDGsとか、そういう文脈が語られるようになってきました。それって、だれも反対しません。でも、家に帰ると大量の食べ残しを捨てちゃっている。言っている事とやっている事が違うのがSDGsの世界だなあと思っていました。その行動の壁を突き動かすには、共感を捉えないといけないと思うんです。

山口:共感の真逆って、僕は「説得」だと思うんですよ。説得って本当ダメな行為だと思う。説得より共感、データよりストーリー、モノより意味って時代なのかなって気がしますね。

ところで、キハ105系はカッコイイとか、そういう鉄道オタクの共感なんかどこに入るんですか?

大松:(笑)…推しメンとかと一緒ですね。好きなタレントを推す。純愛、連帯かと思います。「1人じゃない」と同じかもしれませんね。かっこいいと感じる人たちが横で繋がり合う感じですね。

山口:ジャニーズのようなアイドルビジネスもそうですし、ライブが今大きなビジネスになってきているというのも、1人じゃないという共感の大切さなのかもしれないですね。自分自身が好きっていうより、好きな人が集まって一緒に楽しむって。

大松:連帯に位置すると思いますね。

山口:なるほど〜。

大松:「だいたい良いんじゃないですか時代」って色んなところで言っているんですけど、講演なんかで最後に質問をお願いしますって言うと、聴講者から「だいたい良いんじゃないですか時代が、さらに、だいたい良いんじゃないですか時代になると、人ってどうなるんですか?」と聞かれるようになったんです。

「私たちってなんで生きているんでしたっけ時代」になるんじゃないでしょうか、と答えたんです。つまり、みんな生きる意味を探している。だから、ソーシャルグッド、SDGsみたいなのものに価値を見出す。社会課題の解決にもつながるし、めっちゃ儲かる。この両方が実現する会社には投資するという投資家の判断にも繋がっていて、めちゃくちゃ儲かっているけど社会に役立っていない会社には投資しない、社会に良いことしているけど儲かっていない会社も同様。ますます、そうなっていくんじゃないですか。

社会に良い、儲かる、この2つが近付いてきているんじゃないかと感じています。社会課題を解決するという意味のあるブランドとそうじゃないブランドがあったら、意味のある方を選ぶ。そういう時代ですよね。

つまり、モノを選ぶ基準が変わってきてしまっている。お金にいよいよ直結してきました。昔は社会貢献とビジネスって、分けて考えましょうという傾向がありましたけど、変わってきました。


ほんとうの欲求は、ほとんど無自覚

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山口:パーソナリティテストってありますよね。言葉で聞かれて「〇〇と思っている」「〇〇と思っていない」と答えるんです。他にも、その人が本当に関心を持っていることを調べるために、ピクチャーストーリーエクササイズと呼ばれる、非常に曖昧な絵にストーリーを書かせるテストがあります。

私自身、その両方を受けたんです。被験者が実際に何がお気に入りか、極論を言うと脳がどういう時にドーパミンを出すかまで調べます。

ただ、その結果が真逆に出たんです。例えばパーソナリティテストでは「人と仲良くするのが苦じゃない」「人と仲良くするべきだと思っている」「友好的な関係を築くのが大事だと思っている」という項目で高い数字が出てきた。ピクチャーストーリーエクササイズでは、人に全く関心がないと出てきた。で、多分そうなんです(笑)。

威張り散らしちゃいけないとか、目立とうとするのはよくないとか、そういう結果が出ているんですけど、裏返すと、それをやりたがっているということでもあるんです。

「僕、そういうの全然好きじゃないし、ブランド物とか身に付けるのも好きじゃないですよ」とカウンセラーに言ったら「山口さん。高級車を乗っている人や、物凄く高いブランドを身に付けている人を見たら、腹が立ちませんか?」と聞かれて「あ、立ちます!」と答えたんです。

「そういうの関心が無い人は、本当に関心が無いんです。自分がそうしたいのに、そうやってはいけないと思っているから、あなたものすごく腹立っているんですよ」

そうと言われて、ちょっと救われた気持ちになりました。

今日のテーマである「ほんとうの欲求は、ほとんど無自覚」って本当に大きなテーマですよ。相当精密なアセスメントをやったとしても、言葉に頼っている間はなかなか出て来ないと思うんです。逆に言うと、それをゼロから開発したデコムさん凄いと思います。

物理的な方法が解決されてしまった中で、ここから個人がどうやって楽しんで生きていくか、意味を与えていくか、どうやって共感を得てビジネスを広げていくか。ここは掘り甲斐があるなと思って、今日は本当に勉強をさせて頂いたなと思っています。

大松:山口さんのデビルな欲求が、実は本心だったという感じがして…。まさにエンジェルマインドとデビルマインドの話ですよね。

山口:「~べき論」と「本当はしたい」のプロファイルのズレが大きい人ほど葛藤を抱えています。そういう人は、良いコンテンツを生み出すんだと思うんです。あれやこれやと色々と悩んでしまう。エースのプランナー、マーケターは必ずデビルマインドに目配せをしていますよね。

「ハウルの動く城」って、皆さんご覧になられましたか? ダイヤルを回すと時空を超えてある場所に移動するんですね。ロンドンの市内だったり、荒れ地だったり。ダイヤルは四分割されていているんですが、一か所真っ黒のところがあります。そこは、真っ黒な空間なんです。闇なんですよね。

鈴木さんというプロデューサーが「ヤミを持たせろ」って言ったらしいですね。4分の1ぐらい、本人も「これどこなんだ」ってダイヤルが必要だろ、と指摘された。闇って人間は誰しもが持っているもんだし、持っている方が健全だと言ったらしいです。それでそういうダイヤルになったらしい。

あるいは西武の堤さん。西武グループが都市計画をやっている時に、非常にきれいな区画整理された街を提案すると、堤さんは「ダメだ」と言ったらしいんです。どこかに横丁というか、どぶ板横丁みたいなのを作って、わざと雑多で猥雑なものでそこに隙間を作りなさい、と。人間って綺麗でエンジェル的なものばかりだと息が詰まるんですよ。

エンジェルとデビル、その狭間に人の人たるものがあるとおもいますし、そこに経済的な価値とか、人の大きな悩みや葛藤がある。それが解決されるとビジネスになりますよね。それをクリアにされたので、大松さんはよほど長いこと考えたんだろうな、と感じています。本当に勉強になりました。

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松本健太郎
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