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公的統計が壊れ始めたー指摘できない政治家、現場の声を反映できない霞が関

このnoteは、2018年12月05日に「毎日メディアカフェ」で行われた「データでニュースを読みとく「データジャーナリズム」って何?」という講演会の一部を文字起こししています。

(内容)
働き方改革、外国人労働者問題をはじめ、GDPや賃金などの政府統計の信頼性が疑問視されています。そこで、元日銀マンのエコノミスト、鈴木卓実氏を特別ゲストに迎え、「統計のウソ・ホント」を赤裸々に語っていただきます。

講演会は、質問者が松本、回答者が元日銀マンの鈴木さんという構成で行われました。元々は私の書いた以下の本を巡る話でしたが、かなり話が膨らんで非常に良い対談だったので記事化しました。


GDPは信頼できる数字なのか?

(鈴木)鈴木卓実と申します。2003年に入行し、2018年2月に退職するまで、約15年のあいだ日本銀行に在籍し、主に統計を担当しいました。

関わった統計を上げますと、日銀短観、マネーストック統計など様々あります。マネーサプライ統計からマネーストック統計へちょうど切り替わる時期の実務を担当していました。

他には資金循環統計です。最近、毎日新聞から「数字が30兆円もずれた」と批判された統計です。あの批判記事自体には反論がありますが(笑)。

後は業種別貸出統計です。最近、スルガ銀行のシェアハウス融資が炎上しましたが、実は私は10年ほど前、この仕事を通じて、その件に関わっていました(笑)。

日本銀行では10年ほど前から、個人のアパート・マンションローンに注目していました。当時の産業分類にはまだ「個人による貸家業」がなかったんです。個人の住宅ローンだと、返済が滞れば破産となり、すぐ官報に掲載されてしまいます。ですが、それとは違って限りなく「事業」に近いだろうと判断して、新たな業種として産業分類を作りました。

作った人間の意図としては「存在を把握して、監視してますよ」という意思表示ですね(笑)。

ーー日銀の公開する公的統計、それから政府が公開する公的統計、様々あると思いますが、最近の政府公的統計は緩いんじゃないかと思っています。日銀で統計を作っておられた立場から見て、どのように思われますか?

(鈴木)日銀の公的統計もいろいろありますが、銀行や信金から直接取れるデータは、非常に堅く、精度も高いと感じています。全数調査をやっていて間違いもない。経済統計の中では非常に珍しいのです。

たとえば回答義務がある国勢調査でさえ、回答率は100%ではありません。だから日本の人口だって、実際は10万人単位で「ずれ」が生じるわけです。

その「ずれ」が、実際に景気の変動を意味しているのか。それともサンプルを変更したからなのか。そうした確認が、政府の公的統計では非常に難しいと思います。

ーー「ずれ」のある数字をベースに、その数字が正しい物として政策の議論を行うことに関して、私は非常に違和感を抱いています。例えば「データサイエンス超入門」にも書きましたが、GDPでコンマ数%下振れるだけで政権が吹っ飛ぶ可能性があります。しかし、GDPだって当然ズレるわけです。

(鈴木)たとえば、在庫量の変動のせいで、GDPの速報値と確報値がズレるという問題があります。ズレをあらかじめ見積もるような作り方をせず、実数ベースで作っているからしょうがないのですが、このズレによって政策担当者が景気の方向感を見誤る可能性があります。

今のGDPは30兆円過小評価しているんじゃないかという論文が日本銀行から出ています。実は、今のGDPは税務統計を活用できていません。この税務署の統計データをもらって、日銀のなかでGDP計算を再現してみた論文です。

(参照)税務データを用いた分配側GDPの試算
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2016/data/wp16j09.pdf

ーー今の政権はGDP600兆円を目指しましょうって言っていますよね。それにも関わらず、実は過小評価している可能性があるんですか?

(鈴木)その通りです。税務調査は性質上、誰もが少なめに申告しようとはしますが、多めに見積もることはほとんどありません。なので「堅い数字」のはずです。その税務署の数字ベースで計算しても30兆は過小評価しているとなると、本当の数字はもっと上の可能性さえあります。

ーー日本経済の全体像がまるで変わってきますよね。

今、消費税増税が問題になっています。増税されるたびに「駆け込み需要」と「反動減」があると言われています。今その「反動減」を防ぐために、いろいろな減税策など対策を打ち出しているところですね。

ですが、この「駆け込み需要」も「反動減」も、実はそれほどなかったんじゃないか、という説すらあります。ちゃんと計測できていないんですよ。

ーーそうなると、今の国会で議論されている減税策そのものが、本当にやっていいのか分からなくなりますね。たかが統計の話かもしれませんが、結構大きな話になってしまいます。


"正しい"統計が分からなくなってきた

ーーGDPの場合、メディアが注目する「速報値」よりも、実は「確報値」のほうが大事だということになると思いますが、統計を作る側として、このデータは実は重要ですよっていうのはほかにもありますか?

(鈴木)「法人季報」は見たほうが良いですね。堅いデータを使っていますし、データベースがしっかりしていて、分析しやすいんです。

企業のバランスシートに近い形で公開されているので分析しやすく、業種別の数字も確認できます。「この業種が近年伸びている」という雰囲気で語る話はあると思うんですが、法人季報で見ると実は伸びていなかった、なんて分かったりします。

ーーそういう統計・データをきちんと分析することによって「日本経済はこの30年、実は低迷していなかった」といった結論になることもありえるでしょうか?

(鈴木)あり得ると思います。いま、正しい公的統計の数字が見えなくなってきていて、経済の方向感がわからなくなっていますよね。

ーー公的統計を提供する側が、正しい数字が分からなくなっている。結構、重要な話だと思います。失礼な言い方になりますが、現場にスペシャリストが減っているのではないでしょうか。ちなみに日銀の統計の部署って、スペシャリストがそろっているんですか?

(鈴木)国際会議の副議長を務める人もいますので、それなりにスペシャリストはいると思います。

ーーそうしたスペシャリストから見て、政府に限らず、いろんな行政機関が出している統計の中には、本当に専門家が担当したのか怪しいデータもあるんでしょうか?

(鈴木)おそらく大抵の公的統計は、基本的な設計に関してはスペシャリストがやっていると思います。その後の運用において、担当者が2代目、3代目と代替わりしていくと、当初のクオリティが維持できなくなってくることはあると思います。どの仕事にも言えることですが。

ーーもし顧問などの立場として、そういう統計をやり直さなければならなくなったとしたら、真っ先に何から着手しますか?

(鈴木)統計の世界では、Garbage In Garbage Outという言葉があります。要はゴミデータからはゴミみたいな結果しか生まれないということです。ですから、まずは「基礎の数字をちゃんと取る」ところからはじめなきゃいけない。ですが、これがものすごく大変なんですね。

ーー僕自身も、『データサイエンス「超」入門』の最後の章に掲載した「エンゲル係数急上昇の謎」で、家計調査のデータを調べました。

家計調査って、回答するのがめっちゃ大変なんです。シャケ80グラム、豚肉120グラムと、自分で記入しなければならない。こんな面倒な調査票、いったい誰が真剣に書くんでしょう。その辺の「書き手視点の調査票設計」ってできないものなんでしょうか。

(鈴木)特に家計調査については、今の時代、紙での調査には限界が来ていると思います。時間のある人しか記入できないので、その時点でサンプルバイアスが発生していますよね。

いっそカードを渡して、POSデータと紐づけるとか、そういう方法を検討すべきです。実は物価統計はPOSデータを活用し始めています。


データの裏側に目を向ける

ーー物価に関して質問させて下さい。各組織が出している物価のデータがごちゃごちゃすぎて、物価が果たして上がっているのか下がっているのか分からない、という状況にあると感じています。

(鈴木)どのように物価統計が作られているかと言いますと、家計調査の「何を買いました」というデータにウエイトをかけて、その後の別の調査で品目と紐づけていくんです。ただ、品目が多すぎて、代表するものの物価しか取る方法がありません。

たとえば「ハンバーガー」の物価。おそらく、一番売れているマクドナルドのチーズバーガー、フライドチキンだったらケンタッキー、という風に紐付けています。それ以外の商品の物価を取ると、収拾がつかない。

また、ネットで買った物は調査対象外なんです。原則として実店舗ベースなんです。いまの時代、果たしてそれでいいのか、とは感じますよね。

もう1つ難しいと感じるのは、品質の調整をどこまでやるべきかです。家電製品で考えてみましょう。価格が一定でも品質が上がったら、安くなったと消費者は受け止めますよね。実際にそういう計算をしています。ただ、お金を払う側からすると、価格が安いものが手に入らないと生活費としてはむしろ厳しくなっていると考えられます。

つまり、現在の物価統計は生活費ベースで考えられているわけでは無い。それを元に政策を考えるのは、果たしてどうなんだろうとは思います。

ーー政策決定の現場で使われる公的統計は、つくるプロセスで起きている大きな変化に対応できていない、という問題があることが分かりました。ただ、そういう変化が起きていますよという現場感覚を、政策決定者に伝える人が、いないのではないでしょうか。

日銀や内閣府には日銀エコノミスト、官庁エコノミストと呼ばれる人がいます。彼らは統計を作る側ではなく、「分析」するのが仕事です。

エコノミストが論文を書けば当然発表者の名前が残るんですが、統計については、それを作った人の名前が残らないんです。そういう意味でも、あわよくば大学教授に、なんて考えている人はエコノミストになりたがる(笑)。

そうなると、統計部門は人気という意味では劣ってしまいます。優秀な人はやはり人気のある分野に集中するので、統計部門や人材の評価が高まらないという結果になりがちです。

海外だと統計ひと筋30年みたいない方がいらっしゃる。また、この統計はこういう風に変更しましたという文書には、ちゃんと個人名も掲載されます。

ーーどういう過程を経て公的統計が作られたのか、ちゃんと知っている人に容易にたどり着けるわけですね。そういう事情を知ると、いまの日本の公的統計に関する状況って、かなりやばいですよね。顔が見えない。責任が持てない、取れない、だから無かったことに隠蔽するか、計算間違いと惚けるしかない。

ーーただ、じゃあ実際に多くの人たち問題意識が持てるかというと、なかなか難しいのが現状でしょう。国民には直接的に影響ありませんから。せめてマスコミの人は注目してほしいなあと思ったりもするのです。鈴木さんはどういうところにまず問題意識を持つべきだと思われますか?

(鈴木)この本(『データサイエンス「超」入門』)にもありますが、まずは「疑う」というところから始めるべきだと思います。先週、行動経済学のセミナーを行ったのですが、人間って条件反射的に、それっぽいものに飛びついてしまうんですよ。

公的統計を扱うのであれば、政府統計にしろ、日銀統計にしろ、作り方や定義などの情報はだいたい開示されています。こういう情報はまず確認したほうが良いと思います。

たとえば、日本の女性就業率は7割で、実はアメリカよりも高いんです。ただこれには「裏」があって、定義を確認すると、日本ではたとえ1時間だけのバイトや、育休・産休期間中でも、「就業」とみなしています。こういうことは、統計の定義をみないと分からないんです。

【参考】労働力調査 用語の解説
https://www.stat.go.jp/data/roudou/definit.html

ーーこの本を書いているときも、定義って大事だなと思いました。データの裏側、定義の部分をちゃんと理解しておかないといけないと思います。

(鈴木)インターネットの進化が「いいなあ」と思うのは、官庁のサイトへ行けば大体は公的統計の資料が見られるようになったことです。20年前は紙の冊子しかなかったのです。そういう意味で、統計のリテラシーを高めやすい時代になったと思います。

ーー最後になりますが、データを読む力を養うために、今日、明日からできることは何でしょうか?

(鈴木)繰り返しになりますが、数字の定義なり意味なりを、確認したほうがいいと思います。さっきの女性就業率の話が典型だとおもいますが、定義次第でデータの意味は全く変わってしまうんですよ。

あとは、データが手に入るなら、今はエクセルで簡単に折れ線グラフや散布図にできますので、そういう方法でデータの癖を見てみるのも重要だと思います。


講演の終わりに…

12月10日、内閣府が国内総生産(GDP)改訂値を発表し、年率2.5%減に下方修正を行いました。

アベガーな人たちは鬼の首を取ったかのように「首相が悪い!」と言っていますが、本当に検証が必要なのは「その数字正しいの?」です。

法務省入管法改正や厚労省働き方改革における調査票集計改ざん問題は、政府の隠蔽では無く「現場の劣化」だと見るべきです。

野党の人たちは政府の不手際を攻め立てていますが、私は「あんたらが政権取ったときの事態を考えろよ!」と訴えたいですね。

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松本健太郎
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