【懲らしめのムチ】 門限破りの罰
玄関のドアがいつも以上に重く感じた。
「ただいま...」
ドアを少し開けて恐る恐る玄関に入り、下駄箱の上に置かれている小さいデジタル時計に目を向けると18時38分と表示されていた。
「大樹ッ。今何時だと思っているの....!?」
僕の申し訳無さの現れでもある小さな声ではなく、玄関扉を開閉するたびに備え付けられたベルの音に寄せられ母親がリビングから現れた。
「ご、ごめんなさい。。。学校が終わって、、友達とそのまま遊んでて...」
「まったくあなたって子は... 。そのまま和室に行って正座してなさい。」
「...はい。」
そう言い残すと夕飯の支度をしていたのであろ母親は再びリビングに戻っていった。予想していた展開にも関わらず、いざ実際に問い詰められるとしどろもどろに返答してしまう。僕は白いスクールシューズを脱いで言われた通り和室に向った。玄関からたった数歩先にある和室が非常に遠く感じる。
重い足取りで6畳ほどの和室に入り襖を閉め、電気をつけて部屋の中央に設けられたローデスクの前に正座をして母親を待った。持っていた制カバンは左隣に置いた。主に来客対応のために使用されている部屋だが、僕が説教を受ける場としても用いられる。
清寂に包まれ、秋も深まり少し肌寒く感じる和室に一人正座しながら説教の展開や母親を納得させらるような言い訳をあれこれと考える。ただ、今回の説教
を受けるに当たって飛びきり不安な要素が1つだけあった。
「(まさかアレは無いと思うけど...。もう中学生になったから、、、流石に母さんも考えてくれると思うけど...。)」
『アレ』とは『懲らしめのムチ』の事で、僕の母親はとある宗教に入信している。その宗教の教義の1つに「懲らしめのむち」という、子どもが悪いことをしたり、教えに背く行いをすると「ムチ」を用いてお尻を叩き、心の中に宿る「サタン」を追い出すといったものだ。
ここで言う「ムチ」とは、俗に言う一本鞭を指すのではなくむしろ、物差しやベルト、布団叩き、短く加工したガスホースや電気コードなど、効率よく子どものお尻に激しい痛みを与えられる身近な道具であり、特に「ムチにはこれを使いなさい」といった決まりはない。
また、「懲らしめのむち」とは神の意志であり、悪い行いをした子どもに聖書に基づき説教を行い、その罪を認めさせ、自発的にパンツを下げさせ、「僕(私)に懲らしめのムチをお願いします。」と志願させる。
ムチでお尻を叩く回数も各家庭の方針によるが、1回で済まされる家庭もあれば20回前後の家庭もあり、犯した罪の度合いによっては100回(またはそれ以上)叩く非常に厳しい家庭もある。
自分の意志に反して幼稚園の頃に強制的に入信させられた、いわゆる2世だ。この宗教は「懲らしめのむち」以外にも規律が厳しく、例えば輸血や校歌斉唱、暴力的な行為や番組、アニメを観ることは禁止である。僕の母親はそこまで教えに忠実ではない信者だが、「懲らしめのむち」という教理に関しては大いに賛同している。
この宗教に入った当初は些細な事で母親から「懲らしめのむち」を受けた。例えば、週に2回開かれる集会であくびをしたり、ウトウトしたりすれば、太ももを強く抓られて『...帰ったらムチだからね。』と小声で耳打ちされた。「こんなつまらない話、さっさと終わって欲しいな。。。早く家に帰りたいな...。」と心の中では帰宅を望んでいたが一気に憂鬱な気分になった。
集会中に粗相をすればトイレに連れ出され、備え付けのガスホースでその場でムチを受ける地域もあるが、僕の地元では集会におけるプログラムの進行を重視する考えのもと、周りに迷惑をかけることを避けるため、ムチは帰宅後に与えられるのが一般的だった。
小学校2年生位までが活動のピークで、それ以降は僕も成長するに連れ物事の分別もつくようになったためムチを受ける頻度が次第に落ちていき、気づけば年に1、2回ほど、この和室に呼ばれ30センチ竹物差しで10回から20回ほど叩かれる程度となっていた。最後にムチを受けたのは小学5年生のときに目覚ましが鳴らず寝坊して集団登校に遅れ、迷惑をかけた日だった。
そのような幼少期の過去を振り返っていると、足音がこちらに向かって来るのが聞こえた。その足音は襖の前で止まり、母親が入ってきた。
左手で襖を締めエプロン姿の母親の反対側の手にはベージュ色をした60~70センチほどの籐製の布団叩きが握られていた。母親が休みの日に布団をベランダに干してパンパンと叩いているシーンを幾度と見てきた。
その姿を目にした僕はこの後、自分に降りかかる運命を容易に想像でき恐怖に怯え、無意識に背筋を伸ばし両の膝をぐっと掴み、ドキドキと鼓動が激しくなった。
母親は無言でスタスタと恐怖心で満ちた僕の前に歩み寄り正座した。持っていた布団叩きを右側に置き、ローデスクを挟み対面した。僕はその様子を泣き出しそうになりながらじっと見つめていた。
静けさを打ち破るように母親が口を開く。
「...大樹。今日あなたは3つ、罪を犯しましたね。門限を破ったこと、放課後、家に帰って来なかったこと。その上、行き先を言わずに遊びに出かけたこと...。」
「はい...」
決まりきって母親は説教の概要を冒頭に示す。また、説教時の母親の口調は落ち着いていると同時に他人行儀になり、僕もそれに合わせる。親子関係だけあって非常に違和感を覚える。
「家の門限は何時だったか答えなさい。」
「...18:00時です」
「そうだったわね。それで今日あなたは何時に帰ってきたの?」
「18:40分... ぐらいです」
「そうね。あなたは門限を40分も破ったわね。これが今日あなたが犯した罪の1つ目です。」
「はい。...ごめんなさい」
「それに、言いつけに反して学校が終わっても家に帰らず行き先を伝えずに遊びに行きましたね。...連絡もしないまま門限が過ぎても帰って来ないなんて、どれだけお母さんは心配して待っていたと思うの...?」
「.....はい。次から、、しないように気を付けます、、、。」
懲らしめのムチだけは是が非でも逃れたい気持ちでいっぱいである一方で、本当は心から反省しているという事実を言葉にして伝えたかったが、恐怖と緊張がそれを妨げてしまった。
数秒の沈黙が続き、母親が再び口を開いた。
「...中学1年生にもなって親の言いつけを守れない不従順な子は『懲らしめのムチ』をします。」
「......」
そう言うとエプロンのポケットからやや年季が感じられる聖書を取り出してパラパラとめくり、あるページを広げ机に置いた。
「大樹。ここを声を出して読みなさい。」
「...はい。『...むちを控える者はその子を憎む者である。...子を愛する者はつとめてこれを懲らしめる。。。』」
恐怖のあまり声がか細く震え気味で小さくなりながらも指で指示された聖句を読んだ。これは懲らしめのムチを受ける前の、いわば儀式のような習慣である。ムチを受ける頻度が高かった幼少期には暗唱できるようになっていた。
「懲らしめをしてあげます。お尻を出しなさい。」
「...お尻を出すのは、ちょっと... 僕、、 もう中学生だし、、、」
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