【国連 生物多様性条約】種の保全と取引に関する新しい国際目標
JWCSは国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)のメンバーです。そのIUCN-Jの国際経験継承事業の一環として、JWCSの若手スタッフが、国連生物多様性条約締約国会議第15回第二部(以下、CBD COP15)に参加してきました。このブログでは、CBD COP15の現地の様子や、CBD COP15で最も注目を浴びた2020年〜2030年の新しい国際目標である昆明・モントリオール生物多様性枠組(以下GBF)のうち、JWCSの活動に関わる目標について、現地の議論も含めご報告します。
1. 生物多様性条約とCOP
環境に関する国際条約の中で、最もメディアで取り上げられる気候変動枠組条約と「双子の条約」といわれるのが国連生物多様性条約(CBD)です。これは、1992年の地球サミットにて同時に採択されたためです。気候変動枠組条約は大気中の温室効果ガスの濃度の安定化を目的としている一方で、生物多様性条約の目的は大きく分けて3つ
生物多様性の保全
持続可能な利用
公平な利益配分
です。
生物多様性には、「遺伝的」な多様性と、「種」の多様性、「生態系」の多様性があります。これらのすべての多様性を保全していくことを目的の一つにしています。また、生物多様性からの恩恵を持続可能な形で利用し、そこから得られた利益は国籍や性別や年齢などに関わらず公平に分配することを目的にしています。
これからもわかるように、生物多様性条約は保全だけでなく、生物資源の持続可能な利用についての包括的な国際条約です。
生物多様性条約の最高意思決定機関である締約国会議(COP)が、今回カナダ・モントリオールで開催されました。今回のCOP15で最も注目されたのは、GBFの採択です。GBFの掲げる2050年ビジョン「Living in Harmony with Nature(自然と共生する世界)」を目指し、2050年に向けたゴールと、2050年のゴールのための2030年マイルストーン、そして2030年までに行うべき行動目標を議論しました。
2010年に採択された2010年〜2020年の行動目標である「愛知目標」の次、2020年〜2030年の新たな行動目標(以下、GBF国際目標)には、愛知目標には記述されなかった内容が多くあります。そのため、GBF国際目標のうち、目標4と5について説明します。
2. 野生生物保全に関するGBF国際目標
国際目標のうち、目標4には、「種の保全」について、目標5には「野生生物取引」についての目標です。
2.1 目標4
2.1.1 人間と野生生物の軋轢
GBFのビジョンである、「自然と共生する世界」を達成するためには、野生生物との軋轢緩和は欠かせません。愛知目標には「人間と野生生物の軋轢」についての記述はなく、新しい概念としてGBF国際目標に入りました。
人間と野生生物の軋轢とは:
人間と野生生物の軋轢の例は、多岐にわたります。例えば農作物の食害、肉食動物に家畜が襲われる、人間に危害が及ぶなどです。そのような場合、その地域でその野生生物の迫害や保全活動の消極化につながることがあります。
アフリカやアジアのゾウの生息地では、人間の人口増加に伴う土地利用の改変や開拓による人間活動の拡大により、ゾウによる農作物被害が問題になっており、人間にとっても大きな経済損失や人的被害をもたらしています(例えばインド: Guru and Das 2021)。
世界には3種のゾウが生息していますが、全てが絶滅危惧種であり、現在も個体数が減少しています(詳しくはこちら)。そのため、保全活動による個体数減少の食い止めと回復とともに、地域コミュニティーによる農作物被害等の軋轢緩和対策が必要です。
実際、これらの課題解決には多くの団体や地域コミュニティが取り組んでいます。The IUCN SSC Human-Wildlife Conflict & Coexistence Specialist Group(HWCCSG)は、人と野生動物の共生を目指し、政策―科学―地域社会間のつながり促進、学際的な指導やリソースの提供、能力開発を行っています。HWCCSGのHPでは、人と野生生物の軋轢と共生に関する資料が見られるので、ぜひご確認ください。
JWCSの活動では、地域社会の安定による野生生物との共生を目指し、人間と野生生物の軋轢を緩和させるため、今年度からコンゴ共和国での「生息地支援」プロジェクトが2つ始動しています。
マルミミゾウ(シンリンゾウ)の畑荒らし防御柵の取り組み
若者リーダー養成塾による村の活性化
HPでは、コンゴ共和国オザラ・コクア国立公園ンボモ村での2つの事業の報告が見られますので、ぜひご覧ください。
2.1.2 野生種の遺伝的多様性
GBF国際目標の目標4の中に、「適応能力を維持するために在来種、野生種、家畜化種の集団内および集団間の遺伝的多様性を維持、回復し」とあります。
この部分に相当する愛知目標は、目標13です。愛知目標の目標13では、「社会経済的、文化的に貴重な種を含む作物、家畜及びその野生近縁種の遺伝子の多様性の維持」のみの記述でした。
一方で、GBF国際目標の目標4では、「在来種、野生種、家畜化種の集団内および集団間の遺伝的多様性を維持、回復」とあります。遺伝的多様性の維持に加え、回復を目指こと、そしてその対象が野生種にまで広がったことが注目に値する点です。
遺伝的多様性の重要さについて、家畜種や野生種に関わらず、多くの文献やメディアで知ることができますので、それらをご参照ください。
例えば以下の記事がわかりやすいです。
2.2 目標5
生物多様性から得られる恩恵の中には、野生生物の利用による恩恵があります。IPBESの報告書によると、世界の5人に1人は食べ物や収入の面で野生動植物に支えられており、3人に一人が料理のための薪炭材に依存していますが(IPBES 2022)、持続的ではない過剰な動植物の採取や利用により、多くの種が絶滅に追いやられています。そのため、野生生物の利用を持続可能にするための法施行や取引の透明性が求められています(IPBES 2020)。
GBF国際目標の目標5に相当する愛知目標6は、
でした。
GBFの目標5には愛知目標の目標6にはなかった「取引の透明性」が追加されていることがわかります。取引や利用が合法かどうかだけでなく、持続可能かどうかも問われるようになりました。
この背景としては、持続可能とはいえない野生動植物の国際取引により、多くの種の存続が脅かされている事実があります。例えばフカヒレやサメ肉目的で取引されるサメ種が挙げられます。
CBD COP15が開催される前の11月に、野生動植物の国際取引についての国際条約であるワシントン条約のCoP19もパナマで開催されました。このCoPでは、フカヒレとして国際的に取引されるほとんどのサメ種が、附属書への掲載が採択されたました。この掲載により、これらのサメ種の国際取引時の透明性の確保と持続可能な取引が期待されています。
また、GBF国際目標5の文言の中で、愛知目標には入っていなかった概念があります。野生生物利用や取引に伴う感染症リスクについてです。これは、2020年に発生した新型コロナウイルスのパンデミックによるものです。
3. 最後に
新型コロナウイルスのパンデミックにより開催が2年も引き延ばされたCBD COP15は、新たな国際目標の採択が期待されたことから、過去最大規模の参加者数でした。会議では締約国政府代表が主に発言しますが、各国の国益が地球益よりも優先されないように、しっかりとNGOという立場でモニタリングしていく必要があります。さらにこれらの国際条約への参画により、どのように議論が進んでいるか、また各締約国の意見とその温度感が目で見て把握できます。そして何より、直接さまざまなステークホルダーと対話することや、ロビーイング活動を行うことができます。国際的な場で発言・発信できる国際的な人材の必要性とともに、議論の流れを把握するためにも、継続的な参加が必要であることを感じました。次回のCBD COP16は2年後のトルコです。それまでに、今回採択されたGBF以上の高いレベルの国家戦略が制定され、実施されていくことを期待しています。日本および他国の動きも引き続き、モニタリングしていきたいと思います。
【引用】
Guru BK, Das A (2021) Cost of human-elephant conflict and perceptions of compensation: evidence from Odisha, India. J Environ Plan Manag 64:1770–1794. https://doi.org/10.1080/09640568.2020.1838264
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IPBES (2022) Thematic Assessment Report on the Sustainable Use of Wild Species of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services. Fromentin, J. M., Emery, M. R., Donaldson, J., Danner, M. C., Hallosserie, A., and Kieling, D. (eds.). IPBES secretariat, Bonn, Germany.
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