魔法のメガネ
2×××年。この国の人は全員メガネをかけている。
かく言う私ももちろん。愛用しているのは逆三角形に丸みを帯びたような形のいわゆるボストン形のメガネ。べっこうでできている細いフレームがお気に入りだ。
だが別に目が悪いわけではないし、なんなら余裕で1.5は見えている。
もとは視力矯正のための道具だったメガネ。せっかくつけるならばもっと便利になればいいと様々なオプションが開発された。レンズに天気の情報や受信したメッセージ、目的地までの道のりが表示されるのは当たり前、電子決済にも対応しているのでメガネをかけているだけで改札も通過できる。さらに料金を払えば、目の前にいる人の考えていることを表示してくれたり、運命の相手が現れた時に通知が飛んでくるシステムだったりも搭載できる。「メガネをかければ全てがわかる」そんなキャッチフレーズのCMが街にあふれかえっている
メガネ一つで様々なことが完結してしまう現代、眼鏡をかけていることが市民権を得た。と、いうよりも市民権そのものになった。
「え、みて、あの人メガネかけてないんだけど」
「本当だ…。かけ忘れてきたのかな」
「不便過ぎるから忘れるとかなくない?」
「えーじゃあ、まじでメガネしてない人?無理だわ~」
後ろにいる人達の会話を漏れ聞きながら、確かに今メガネをかけていないのは珍しいと思った。金銭的に余裕がないからメガネを買えないとか、きっとそんな感じなんだろう。果たしてどんな人なのかと顔を上げて見ると、そこにはパリッとした真っ白なシャツを着た人がいた。
シンプルな服装だが着ているものは悪くない、お金がなくてメガネをかけていないわけではなさそうだ。ではなぜ?
そしてもうひとつその人が印象的だったのは、すごく堂々と、そして楽しそうに歩いていたというところだ。
メガネをかけていないということでその人は周囲にいる人達の、そこには自分も含まれるわけだけれども、人を品定めするような視線に晒されているのだ。後ろの人達のような会話も耳に入って来ているだろう。それなのに、その人は今にも鼻歌を歌いだすかのような上機嫌で歩いていた。その姿が今も忘れられない。
ーー
しばらくして恋人と舞台を見に行った。
社会から疎まれ嫌われた男と、男が恋をした女をめぐる物語。女は社会に殺され、男は社会に絶望する。ラストは教会の地下室で2人のものだと思われる遺骨が発見されるというシーンだった。
終わったあとにお茶をしていると「悲しい終わり方だったね」と恋人が言った。
「そうとも限らないよ」
物語の中で男が社会に絶望していく様子が丁寧に描かれていて、男は社会と関わりを持って生きることを諦めていた。その上、社会と関わる唯一の理由だった愛する女まで失った。もう男が社会で生きていく理由がなかったのだ。女が殺された理由でもある社会の喧騒から遠ざかり、2人だけの世界で静かに過ごした。死と絶望が横たわっているとはいえ、ある意味で幸せだったのではないか。
そんなことを話していると恋人はどんどんと怪訝な顔になっていった。
「あれは悲しい物語だって作品情報で出てくるじゃん。見ている他の人達もみんな悲しいって思ってたの君もみたでしょ?メガネかけてるんだから」
「まあそうなんだけど、考えようによっては2人は幸せだったのかもしれないって思ったんだ。」
何か言いかけて黙った恋人を見ると、
「もう君と別れたい。面倒くさい」
と考えているとメガネが教えてくれた。
「なぜ?」
「見えているなら分かるでしょ?答えが目の前にあるのに、君はいつも別の答えを探している。もううんざり」
そう言って恋人は、私をおいてさっさと帰ってしまった。
急に恋人に振られて、やけ酒をしたところまでは覚えている。だが、なぜ、メガネがソファの上でバキバキに割れているのかが全く分からない。
仕方が無いので予備のメガネをかけてメガネ屋に新調しにいった。
「前のメガネには天気情報とマップ機能、自動翻訳機能と思考表示機能を搭載されてたんですね。今回も同じ機能を追加するのと…新機能はどうします?運命の人が現れた時にこの人だ!って通知してくれる機能とか最近人気なんですよ」
流れで、お願いしますといいかけてふと我に返る。結局人の考えていることが分かって何になるのだろう。恋人のこともそうだが、考えていることが分かっただけで恋人のことが分かったわけではない。答えのようなものであって答えではない。
なんだ、結局なくても何も変わらないじゃないか。
「やっぱりやめます。メガネ買うの。」
ありがとうございました、と店員さんに伝えて店を出て街を散策する。
久しぶりにメガネに頼らずに街を歩くと早速迷った。正解の道、おすすめの道なんてものは存在しない、どこに進むかも全て自分次第。
メガネをかけていないことでジロジロとみるような視線は感じるものの、気分は悪くなかった。鼻歌でも歌いたくなるくらい気分がいい。
さあ、これからどこへ向かおうか。
<ここで一曲>
原点回帰。いつも心にPerfumeを。
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