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海辺で夜を越える

つらいことがあったら、海へ行く。

いつしかそれが私の習慣になった。
人間関係で悩むことができたり孤独を感じる時に海を見ると、なんだか自分がちっぽけな存在に思えて苦しみが和らいでいくのだ。

今日も海辺へ行くと、防波堤の上で20歳くらいの若い男が体育座りで海を眺めていた。
こんな夜に珍しいな、と思いながら5メートルほど空けて同じように座る。

これという悩みは特になかったのだが、なんとなく最近は気持ちが晴れなかった。
それでまたいつもの海辺にやってきたのだ。
波風にあたりながらボーッとしていると、まとわりつくモヤモヤがはがれ落ちていく感覚がわかる。

15分ほどいただろうか。
横にいた男が突然何か喋りはじめた。
男の方を向くと、どうやら電話しているようだ。
話している言葉は日本語ではない。目を凝らしてみると、どうやら男は東南アジア系の顔立ちをしている。

10分ほど誰かと話したあと、今度は音楽を流しはじめた。ラップ調で、言葉からすると自分の国の曲なのだろう。

彼はなんで1人でここにきているのだろう。それにしてもここでラップって、、と思ったが、彼にとっては大事な曲なのかもしれない。
俯きながら、静かにメロディに載ってるので顔を動かしている。
なにも考えたくないのだろうか。それともなにか、たとえば故郷を想っているのだろうか。

4時間経ち、いつしか水平線からは光が漏れ出していた。
私は立ち上がり、防波堤から元の世界に戻る決心をした。
ふと男を見ると、男もこちらに視線を移していた。
数秒目があったが、男はすぐに視線を海に戻した。

波風の揺れる音が人々の声にかき消されてゆく。
彼にとってはまだ、朝は迎えにこないのだろうか。

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