その男、俳優につき。
ある夏の昼下がり
2021年夏、緊急事態宣言だか蔓延防止だかで近所の居酒屋が開いたり閉まったりしていた頃だったと思う。
馴染みの居酒屋は営業こそしていないものの、空気の入れ替えで一日に一度扉を開けていた。「なんだ、やってたのか!」と言わんばかりに店内に人が集まるが、酒が提供されることはなく、皆それを承知で久々に顔を合わせられる面々との再会を楽しんでいる。
酒が飲みたいのではない。人に会いたいのだ。
斯く言う私もリモートワークの合間に散歩がてら店の前を通り、店主が空気の入れ替えをするタイミングを、ストロング缶片手に見計らっているのであった。
異形
私がその男と出会ったのは、そんな夏のど真ん中、手にしたストロング缶を、空気の入れ替えと称し店の扉を全開にした店内のソファに腰掛け、店の前の踏切を行き交う人をぼんやりと眺めながら、同じく店内に居合わせた人たちと久々に交わす対話を楽しんでいた時だった。
店の前を行き交う人のほとんどが半袖、半ズボン、私に至ってはタンクトップにサンダルで、好きなブランドの短パンだと思って購入した大きめのトランクスを履いていると言った体たらくだったが、店の前で足を止めたその男に夏を感じさせる装いは一切無く、上下黒のセットアップにニット帽、それにランニングシューズを履いていた。
店の前の踏切は休日になると車の列が上り坂を越えて下り坂に差し掛かると車が見えなくなるほど渋滞する、いわゆる開かずの踏切だ。
平日の昼間は人通りも電車も少ないため踏切が開くのを待つ人は常時7〜8人と言ったところだろう。
沢山の踏切待ちの人がいる中にこの男がいれば、異質さが際立つだろうし、人数が少なくても、例えばこの男が一人でこの踏切に立っていたとしても、季節に相反する男の装いは人目を引くだろうが、この男の異質さはそれ故ではなかった。
ランニング途中だったのかその男は肩で息をし、真夏に見る蜃気楼のような揺めきを纏ったその男の獣のような鋭い眼光がこちらを向いた時、私は本能的に怖気付くのを感じた。
男がこちらへ一歩進むと、私は無意識的にストロング缶を握り締めており「カチカチッ」とアルミ缶が軋む音が男を刺激してしまうのではないかと慌てて手の力を緩めようと努めたが手が動かなかった。
その時、男の存在に気付いた店主が男に声をかけた。私は助け舟に救われたような心持ちだったがヘタに身動きを取る事を本能が許可していなかった。
全く、私の遺伝子を今の私の代まで届けてくれた私の祖先たちは、一体どんな危険に身の安全を脅かされてきたのだろうか。危険を感知した私の身体はこの得体の知れない生物に完全に屈していたのだ。
未知との遭遇
男は更に眼光を鋭くし、店内の声がする方を伺っている。
なるほど、外の明るさに対し店内が暗くなっているから中の様子が見えにくいんだな。鋭い眼光はそのせいだったのだと気づくが、私はこの間息をしていなかったのではないかと思い、そんな軟弱な遺伝子を私に残した祖先を恨んだ。
男は荒々しい息を自ら制しながら店内に侵入してきた。
店内には私以外の常連が、恐らく私と同じような理由で何人か居合わせていたが、全員の視線を集めていたに違いない。先程まで弾んでいたはずの会話が、その男の侵入により誰も声を発していなかったからだ。
後から思い返せば、店主の呼びかけに対し何も返答しない男を「ん?誰だろう?」くらいに思っているからだろうが、私だけは確実に違ったのだ。
野生の熊が家に侵入し、襲われた事件について聞いた事がある。実際に経験した事はないが恐らく「これか!!!」と思った。
長閑なコロナ禍の夏、リモートワークに適した環境に自室をアップデートし、クーラーの効いた部屋で取引先と画面越しにやり取りを続ける事に疲れ、気心の知れたご近所さん達と他愛のない関わりを求めてやって来た店内の空気が一変、あれほど求めていたのは、画面越しでは到底感じる事の出来なかった生の人間から発せられるエネルギーのような得体の知れないもの。それが「これか!!?」
いや、久々と会ったからと言ってこんなにも差異を感じるほどではないだろう。
現に私は先程までこの店内にいる誰と言う訳でもなく居合わせた人たちと会話を共有していたではないか。
しかし次の瞬間、私の「これか!!!」は見事に肩透かしに合うのであった。
アメとチンチン
男の侵入、登場と言うべきか店内の空気は確かに一変したが、私の思い描いていた変化とは全く異なっていた。
「ぱぁっ!」と甲高い奇声を発した男に店内は歓喜したのだ。
そして、テレビか映画で見た事のあるラッパーがするような挨拶を数名と交わし、唯一初見であった私に向かってニット帽を取り、軽くお辞儀をした。
30代手前くらいか?40近くにも見えるその男の出した奇声に対して、誰も何も言わないのかと不意に思った。と言うのも、私は完全にその一声で心をへし折られていたのだ。その奇声に私は、誰にでもわかる「ビクッ」をしていた。そして瞬間ストロング缶を握る手に力が入り、アルミ缶の潰れる音で更に私は「ビクッ」をしていた。
会った事はなかったが、彼もこの店の常連だったのだ。
「やってんすか!?」
先程の獣が発しているとは思えないハキハキとした声で男が店主に尋ねた。
「空気入れ替えてるだけだよ」
店主のその返答に満面の笑みを浮かべた男は、からかうように我々を指さし、私を含めその場にいた全員と気さくに喋り始めた。
店内の空気がガラっと変わったのを感じた。今までも同じように他愛ない会話をしていたはずなのに、彼の発する言葉に全員が確実に興味を持ち、話を振られると皆彼に聞いてもらいたいと言った様子が伺える。
そして突如、初対面の私に対しても話を振られたが、何故か言葉が出なかった。その代わりに変な声を発してしまった私に対し、何かツッコミがある訳でもからかうような素振りをするでもなく、ソファに置いてあった私のタバコとZippoを徐に手に取り吸いはじめた。
私に対し何か断りを入れる訳でもなく、かといって乱雑に取り上げる訳でもなく、この会話を続きを私に代わって埋め合わせをするかの如く、極自然的に私のラッキーストライクの箱を手にした彼は、人差し指で軽く箱を叩きタバコを一本取り出すとそれを咥え、まるで自分のものであるかのように私のZippoiでタバコに火を着け、これまた極自然的にそれを吸ったのだ。
そのタバコもZippoも、元々彼のものだったのだと思い疑わないほどであったが、それが自分の物であると思うと何故だか誇らしく思えるから不思議だ。
一体何なんだろう。この男から発せられている奇妙な魅力は。
店の前で私の目の前に姿を現した獣の姿はそこになく、これまでに私の人生で出会った事のあるどんな人間よりチャーミングな男のショーに店内全体が既に引き込まれているのだ。
彼の言葉を誰も聞き逃したく無いのだ。特別にテンションが高い訳でも大きな声で喋り散らしている訳でも無く。ただ目が合うと嬉しくて、まるで昔からの親友であるかのように接してくれる彼との対話を、空気を、そこに居合わせた全員が堪能していた。途中、店の前を通った常連客が犬を連れて歩いていたが、その犬がこの男を目掛けて走り、男の前で簡単に腹を向けて寝転んだ。その犬の飼い主にも私と同様、ニット帽を脱いで挨拶しているところを見ると、この犬の飼い主とも初対面である事が伺える。必然的にこの犬も、この男と初対面と言う事になる。私は酷くショックを受けた。人間より野生での歴史が長い犬であるこいつは、初見の人間の雄に猛ダッシュで近づき、こともあろうか生物として絶対服従を意味する「腹を向ける」をやってのけたのだ。腹を向けている犬のチンチンを見て、私同様こいつも野生ではもうやっていけないのだと悟った。
こんな人間がいるのだと思った。
男が男に惚れるとはこう言う事かと知った。
握り締めたストロング缶から溢れたものが、短パンだと思って購入した私のトランクスを濡らしている事に気が付いたのは、彼が私のタバコの二本目を吸い終わり、踏切の遮断機が上り「じゃまた!」と言って走り去る彼の背中を見送ってからだった。
俳優と言う生き物
トップに掲載しているのが彼の写真だ。
田中惇之は俳優だったのだ。
写真は彼が2021年12月3日に自身で企画し、脚本、演出、そして一人で東京キネマ倶楽部と言うエンタメの聖地と呼ばれる舞台で上演した「田中惇之の一人芝居2021」の時のものだ。
俳優をテレビや映画でしか見た事がなかった私は、ミーハー心からか、彼と俳優と言う職業に強烈な興味を抱いてしまった。
彼がその道で磨き続けた芸が、今の彼を形成しているのか。
それとも、彼と言う人間が元々持ち合わせていたものなのか。
俳優と呼ばれる人たちは皆そうなのか?
俳優と言う道の先で彼のような魅力を獲得するのが常なのか??
出会いから一週間以内に再会するまでに彼の事をネットの情報を頼りに調べまくっていた私は、彼が年末に一人芝居をやると言うことを知っていた。
驚いた事に、私と彼は同い年だったのだ。同じ時間をこの世界で過ごしているとは思いたくなかった。
「この生き物は一体何なのか?」それをインタビューさせてもらおうと思い、近所をウロウロと徘徊していた。
いつものように馴染みの居酒屋が空気の入れ替えをするタイミングを見計らっても、彼は来ない事の方が多い。
いつも何時くらいにランニングをしているのだろう?と、ストロング缶を片手に近所を散歩していると、公園で10人くらいの子供達とはしゃぎ回っている男がいる。見つけた。一体何なんだこの男は⁉︎ 鬼ごっこで鬼をしているのだが、完全に鬼になりきっている彼が一番楽しそうだ。「わー!!!」と脅かして逃げていく子供達を建物の角に追いやり、後ろから追いかけて来ていると子供達に思い込ませておいて自分は素早く方向転換をし、建物の反対方向から奇襲をかけているのだ。
突如目の前に現れる鬼に「ギャーーーー!」と悲鳴を上げ逃げ惑う子供達の目は本物の恐怖を感じていたが、そんな子供達の顔を見て大人の男がゲラゲラ笑っている。田中惇之、彼の職業は俳優なのである。
鬼ごっこがひと段落し彼に挨拶すると、被っていたキャップを脱いで丁寧に挨拶を返してくれた。私のことは覚えていないようだった。
公園から少し離れた日陰で涼みながら話をし、インタビューさせてもらう事の了承を得た。SNSに上がっている写真を自由に使っていいとの事だった。
インタビューするのは初めてだが、田中惇之と言う俳優について何か書いてみたいんだと恥を承知で伝えると「俺は昔童貞だったんだよ」と教えてくれた。
「なんだ、昔童貞だったんだ」と妙な安心感が生じた。
彼は「無名である」と言う事に優越感を持っているように感じた。
それは反骨心の現れなのか、自分の芸に対する自信があって言っているのかはわからないが、間違いなく今の彼の希少価値が高いと思い、夏休みの観察記録のように田中惇之と言う俳優を記録していこうと思う。
そして、それを今noteに上げたわけだ。
日記のようにダラダラと綴った記録を、これから小出しにしていくつもりだ。