合気難民(下)
ところで、道場を転々とする人には、純粋に武術を極めたいという人もいれば、いいとこ取りをして得をしたいと思う人もいます。前者を善意の門人、後者を悪意の門人を呼ぶなら、悪意の門人を排したいというのが各流の気持ちでしょう。一方、門人になったけど、習うべき技術がなかった、従うに値する師ではなかったなど、「ハズレ」ることもあります。こういった場合は、すぐに縁を切るべきですが、技術の有無など一定の技量に達しないと見抜けるものではありませんから、なかなか難しい決断になります。
さて、現代では、卓越した身体操作に武術の価値を見いだすことが多くなっている、と感じます。護身術としての重要性に変わりはありませんが、体の武術的に正しい使い方に興味を持たれる方も多いハズです。特にYouTubeなどの普及で、いろいろな方が武術を公開していますが、玉石混淆なのはご案内のとおりです。別稿でも書きましたが、映像ではすべては伝わりませんから、自分が求めたい技術か、と思ったら実際に習うしかありません。
自分にとって、これぞと思う流儀(技術)、よい先生、いい道場(教室)に巡り会えるかどうかは、運のようなものですから、探究心がある方にとっては、流浪の旅が続くのかも知れません。
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