映画上映会を開催するにあたって、パレスチナ問題、ガザについて調べたり、ニュースをたくさん見たりして2023年10月7日以降のことを知ったつもりでいた。 第二次世界大戦後の1947年からパレスチナはイスラエルに侵攻されてきた。パレスチナ人にとって土地を追われ、色んなものを奪われる苦しみは76年継続し、現在も続いている。 土地を追われ、住居を奪われ、隣人や家族を失い、怪我や病気、飢餓に苦しみ、仕事や文化を奪われ、ついに壁で囲われ、厳しい制限を設けられ、外との交流を遮断された。
性犯罪もハラスメントもいじめもSNSの誹謗中傷も加害者側は自分の行動の正当性を主張する。 加害者だ。と他者から指摘された時、何のことを言っているのかわからない、自分のいちゃもんをつけてくる奴がいる、自分を陥れようとしている、事実無根だ、自分はいつも通り振る舞っているだけだ。と主張することが多い。 これは「正当化」しようとか「言い訳」をしているわけではない。本当に心からそう思っているのだ。 つまり、加害者の「日常」が常に暴力的になってしまっている。人の「日常」や「常識」を覆す
この異常さについて、今回起こったことだけをを誰かに伝えるだけではなかなか伝わらない。 この異常に気づいたのは今までの人生で私が苦しんできた点が線に繋がった感覚があったからだ。 この十数年、私は親元を離れて自立し、やっと親とは別個体としての自分を認識できるようになってきた。実家暮らし、学生時代、親に経済的に養ってもらっていた頃は親が私のプライベートにどんなに干渉しようとも、育ててもらっている、学校に行かせてもらっている、と自分に言い聞かせてしかたないものだと思っていた。親自身
これは、作るしかない、手を動かすしかない。
片付けてほしいことを言ってはいけない 靴下脱ぎっぱなしなど嫌味を言ってはいけない 片付けられないことを指摘すると怒る、バカにしている、蔑んでいる、差別的だと言われる、ジェンダーを持ち出してお前が性差別していると言われる。 フランスにいつ連れて行ってくれる?と聞いてはいけない 貯金のことを具体的に言おうとすると怒る、まず自分から積み立てろと言われる、自分ばかり支出していると言われる、お前は負担が軽いと言われる。 忘れていることを指摘してはいけない バカにしている、アルツだとバカ
親友の進路が私のと大きく違ってしまって、 もう価値観を素直に肯定することも難しい。 全く別世界に行ってしまった。 同じ形状の生物だから同じように価値観を分かち合いながらやっていくんだろうと思ったけれど、そうでもないようだ。 こんなに違ったのか。おどろき。でも愛してる。 愛してるよ。 抱きしめるには遠いけれど、ずっと愛してる。 近くにいて見えるところも愛し合いたいけれど、それは難しいみたい。 毛穴がわからない距離だからこそお互いが美人に見えるはず。 老けたもん。私。これくらい
きみは最近明後日の話題を出すようになった。 そういう話題、最初は嫌がったし、だからわたしもそれから聞かなかったんだけど、 最近は自分から明後日との関係を語る。 嬉しいような、 そうでないような、 うん。 正直少しチクリとする。 ふんわりとした優しい困惑。 わたしから話題を振ることは少しあったかな。 そういう話ができない感じはよそよそしいだろうし、 気にならないし、きみもそういう話を誰かにできた方がいいだろうと思っている。 何だろう。チクリ、と引っかかる。痛くはない。辛くはない
愛してる 愛し続けたい 今までのミズを殺して これからずっと愛していたい。 今までの人のこと、覚えてる? 今までの人のこと、忘れられる? 今までの人のこと、忘れたい? ミズは、忘れたい。 今までの人のことは忘れられないだろう。 でも今までのミズのこと、できたら忘れたい。 できたら殺したい。 死んだ愛は腐っていく 決していいものにはならない その時間を閉じ込めたラピスラズリのようにはならない アオはラピスラズリを作れるだろう。 アオがミズに語らないのは、ミズのためだろう。
最近、シラセといる夜にあの骨の夢をみる。 うまい別れ方を模索している。 シラセに黙ってあの骨と繋がっている。 もう、徐々に離れようね、とあの骨に告げている。 目が覚めてシラセがいる。 あの骨との時間の先のように錯覚する、違う。 あの骨が記憶から消えない限り、シラセを本当に愛せないような気がする。 私は忘れたいし、シラセが一番だとはっきり言っている。 シラセは過去は消えないし、自分のなかに生き続けると言う。 今は永遠じゃないという。終わりは必ず来ると言う。 現実は終わり、幻想は
彼と共に暮らすことになって、彼の家族にそれを説明しなければならなくなった。 彼と彼女はもうほとんど精神的に他人で、事務的な連絡であるだけという理由で彼女はその場にはいなかった。 つまり、私が彼と同居することにより、家族は形態としてもバラバラになるのだ。 家族は父と母、子どもは2人いる。 姉妹は2人。姉は母想いで、妹は母と姉の過保護な親子関係に俯瞰的でいたいらしい。 姉妹はとても良い関係だと思う。 微妙な距離感を知っている。 妹は馴れ合いや依存的な親子関係を嫌う。それは、自分
きみが手をひらひらさせながら私に近づいて、「おれ、うつ病だって言われちゃった。」って言った。 絵を描いてるって言うけど、写真でしか見せてくれない。 おれの絵、見せたのあなたが初めてだよって。嫉妬するくらい良い絵だった。 そろそろ実物が見たいなあ、と言ってみたら、恥ずかしいって。 「ちょっと今病んでるけど。なんとかやる。中度か低度くらいらしいから。」って。 無理せずゆっくりやったほうがいいよって、最後まで言いかけたところで他のところに行ってしまった。 のんきに絵を描くことが
かかないのは 少数だから 少数は 的になるから ぶつけたいひとが 多数だから 的をさがして エス、エヌ、エス。 かきたいのは 認められたいから 好きにしてていいねって どんな意味でも かえしてほしいから 自分勝手にいきるのが むずかしいとおもってるから むずかしくないって いってほしいから かきたくないのは ひとりがすきだから ひとに 関心がないから たったひとりにだけ いいよって言われたらいいっておもってるから そのひとりにも つきはなされたら けっこう しんどい いい