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映絵師の極印(えしのしるし)第三話 前編・弐 -渇望-

前回のあらすじ

炎が発見されて1週間、未だに目を覚まさない
そこへ宝治から陸へ犬剣の襲名の話が舞い込むが陸は拒むのであった
一方、町では宝治の命により調査がはじまり、辺銀も事情を確認にきたが、猫手会の幹部鉤尾からの悲痛な叫びにより、ひとり調査を始めるのだが……

遠雷の方向、呟焼町の郊外にある「真風山」(しんぷうさん)
登山が楽しめる観光地として、人気のスポットである。
しかしこの山、別名がある。

「魔封山」(まふうやま)
10年前に起こった「最悪の災厄」で暴れまわった者が封印されているというのだ。
真風転じて魔封…
そして、山の反対側に鳥族の集落がある。
ここは犬族のD-HANDS FACTORY、猫族の猫手会と並ぶ勢力がいる。
その名も「鳳一家」

「野郎ども!!今日集まってもらったのはほかでもねぇ!ついに!災厄どもの封印を解くときがきたぁ!!」
鶏冠をギンギンに立て、檀上で叫んでいる男、闘鶏(しゃも)。
「今こそ、鳳一家がこの世界の天下を取るんじゃぁ!」
おぉぉ!と雄たけびを上げる鳥族。武器を携え、勝鬨をあげる準備は整っていた。
「闘鶏、いったん落ち着かないかネ?今から興奮してたらネ?つっかれちゃうのネ?」
薄緑色の着物を身にまとった小柄な男が奥の扉からでてきた。
「お、親方!」
そう、この男、鳳一家の総代、鳳 鶯(おおとりうぐいす)なのである。

「皆の者、ご苦労であるネ。この鳳一家も、皆がいてこそ…しかし、今現在の鳥族は実に情けないネ…」
鶯はソファにドカッと腰を下ろすと、言葉を続ける。
「この中に、今の生活をよしとする者はおるかネ?」
あたりを見回すと、ちらほら手を挙げ、「安定して飯が食える」「嫁をちゃんと食わせてやれてる」と口々に、鶯への感謝の言葉を述べていた。
「そうかそうか…それはよかったネ。木慈」
扉から派手なコートを着た長身で細身の男が現れた。鳥の雉の尾のような飾りを腕につけている。

「どうなさいましたか、親方様」
「うん、今の生活をよしとしてる者が結構いるのよネ。ちょっとそいつら、殺してよネ」
一同がザワつく。しかし

「うるっせぇんだよ!ガヤガヤガヤガヤ!!何が安定だ!何が今となってはこの生活がいいだ、馬鹿野郎ども!!」
さっきまでの温厚な表情から一変し、鬼の形相と化した鶯。
「この生活になったのは誰のせいだ…皇帝のせいだろ?!なぁに甘んじて受け入れてんだ!俺たちは鳥族だ、獲物があれば掻っ攫う、安定しておまんま食えて幸せ~なんて甘いやつはこの鳳一家にはいらねぇんだよ!!粛清だ、粛清!!」

木慈、闘鶏へ顎で合図すると、逃げ出そうとする者を片っ端から惨殺していった。
「親方ぁ、いいんか、こんなぶっつぶしちまって」
「闘鶏、お前は殺し方が荒いんだよ。片づける奴のことも考えろ。」

「お、おお、親父ぃ...終わったぁ...?」

扉がゆっくりと開くと、そこには鶯と同じくらいの小柄な男が恐る恐る部屋を覗いていた。

「おい坊、おめぇまだ血ぃ見るん苦手やが?」

長身で岩みたいなごつい身体の闘鶏は地べたを這いつくばるように、「坊」と呼ぶ小柄な男に目線を併せた。

「ひぃ!ち、近いよ...え?血?......おえっ」

「あぁあぁ...燕様、少々入ってくるのが早かったようですね...はい、桶ですよ」

桶にぶちまけた、燕、と呼ばれた男。そう、この男はたった今大量虐殺を指揮した鳳鶯の一人息子である。彼らと違い、気弱で人一倍血を見るのが苦手なのだ。

「ほんとにもう、燕ったらネ。まだ入っていいよって合図してなかったのネ」

「ごめんなさい、父上。でも情報が入ったんです、あれを壊せる男がいるって。」

鶯のつぶらな目が見開いた。

「それは本当かネ、燕!例の結界師がいたのかネ!」

燕は手に持っていた資料を渡し、タブレット端末で情報を確認した。

「はい、父上。鳥族の結界師という珍しいタイプでして、名は『広橋 鋼(ひろはしこう)』という男ですね。」

燕が広橋と名を告げると、鶯や闘鶏、木慈までもが驚きの表情を浮かべていた。

「おい、坊よぉ、今広橋って言ったか?」
「坊ちゃん、それは誠ですか?」
「燕、冗談はやめるネ。広橋鋼はもう...」

3人の声がここでそろってしまう。

「「「死んでいるんだ」」」

まったく、という表情に変わった3人に、燕がニヤリと笑い告げる。

「皆さん...話はここから。確かに広橋鋼という男は死んでるんですがね、それは結界のために即身仏になっているからです。実は生き返らせる、手立てがありまして」

そういうと、燕は袖口から『青い粉末』の入った包みを取り出した。燕はいやらしくニヤリと笑い始めた。

「僕ぅ、屋敷にラボ持ってるじゃないですかぁ。そこで、もっと効くやつをって改良していたんですが…注文が多いんですよ、あの人も…なんと、細胞の活性化を促す物質が入っていまして…死んだマウスを使って検証したんですがね…生き返ったんですよ!マウスが!」

燕はこれまでと違う、ギラギラとした目で、青い粉末【蚯蚓】を眺めていた。今、映絵町内で増加傾向にある薬物依存。その際たるが、この【蚯蚓】である。

「では、それを使えば…」
「くふふふ…早速、実験してもよろしいでしょうか、お父様ぁ!」
気弱な性格はどこへやら、稀代のマッドサイエンティストがこの燕という男である。

ところ変わって、再び病院。

いまだ意識が戻らぬ炎の横で、ずっと付きっ切りの陸。父の言葉が頭から離れず、考えても考えても結論が出せずにいた。

「まだ兄貴は生きてる...意識が戻ったら、絶対二代目としてがんばってくれるんや...それを一生サポートするのが俺の務めや...それが俺ら兄弟の夢やってんなぁ...」

すると静かな病室をつんざくような、ぐぅぅという腹の音。

え?と陸が顔を上げると、そこには目を開いた炎がいた。

「炎にぃ!炎にぃ!!」

「うるっさいのぉ...なんやしょぼくれよって...腹減ったわ」

「何が腹へったや!!当たり前や!!炎にぃ、自分がどないなったんかわかれへんのか!」

炎は深くため息をついた。

「わかっとるがな...今自覚した。」
「ほんま何考えてんねん…もうちょい二代目としての自覚を…」

「あかんわ...俺...体動かせへんわ。」

そういうと、すべての思いがあふれ出し、涙を流した。

「すまんなぁ、陸...俺が不用意に出歩いたばっかりに...命狙われる立場やのに、自覚もなく......こんな男が二代目なんて...」
陸は力の入っていない炎の手を取り
「炎にぃは悪ぅない……今犯人探しとる……あ、せや、炎にぃ!二代目として犯人探しの号令かけてやれよ!」
陸は動けない炎を起こそうとした

「………け」
「え?炎にぃ?ほら、なに?」
「出ていけ言うたんじゃ!!こんボケがぁ!」
陸は、炎の自分に向けられた敵意に、棚にあたるまで後ずさりしてしまった。しかし、当の炎も言いすぎたと思ったのか、申し訳ない顔をしていた…

「すまん……今日は、帰ってくれるか……」
「………うん……」
炎と陸は、炎のサボり癖に振り回されても、陸に小言を言われても本気で声を荒らげることはなかった。
しかし、今は炎も自身の体が動かず、動揺で不安定になってしまっているのだろう。
初めて、炎は陸を怒鳴りつけてしまった。

陸は力なく病室のドアを開け、出て行ったのであった。

ーーーーー次回 第三話 前編・参 -心酒-

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