映絵師の極印~えしのしるし~ 第四話 中編・弐 ―自覚―
前回のあらすじ
炎は銀との修行のため、炎にとっては誘惑うずまく歓楽街の一角にある炎法寺(えんほうじ)へと連れてこられた。
そこにはD-HANDSと縁が深い住職の火喰(ひくい)、幼馴染である郭公(かっこう)がいた。『禁欲』を命じられた炎は耐え切れず、逃げ出そうとするも銀に殴り飛ばされ、「二代目犬剣としての才覚はない」と告げられるのだった。
翌朝、銀は炎の部屋をノックした。
まったく返答がなく、これは気を引き締めてやらなきゃと思い、バン!とドアを開けた。
するとどうだろうか
いつもなら、「ほえ?あ?銀じぃ?」と寝ぼけているはずの炎がいないのだ。
「なんでぇ…トイレか?まさかあんだけやったんだ、抜け出すなんてねぇよな…」
厠のほうへ歩を進めると、郭公が歩いていた。
「よう、おはようさんカッコ、炎見なかったか」
「あら、おはようございますぅ。炎ちゃんは見てませんねぇ…あら?本堂がもう開いてる…?」
銀と郭公は扉を開けた。開けた先には、もうすでに炎が座禅を組んでいた。
「あいつ…」
銀は炎に近づくと、何やらぶつぶつと呟きながら集中しているようだった。
近づいてよくよく聞いてみると
「修行が終わったら酒飲みたい…修行が終わったら酒飲みたい…」
さすがの銀も郭公もドテンと大きな音を立て、コケてしまった。その音に、炎も気が付いた。
「お?銀じぃ、カッコもおはようさん、どないしてん」
「どないもこないもないわよ!何その煩悩まみれのつぶやき!ほら、銀さん見なさい!呆れて…笑っちゃってんじゃん!」
銀はこの状況を整理し、腑に落ちた。
「はっはっは!あーあ、お前は本当に馬鹿なガキだ…はっはっはっは!!」
「俺かてちゃんと集中するのに、どうしたらえぇか悩んだっちゅうの…どんだけ笑うねん!」
「いやな…炎、カッコ、周りよく見てみろ、大仏動いてねぇだろ?」
よく見ると、昨日あれだけ炎の頭を殴っていた大仏が動いていない。ここまで集中力が乱れたら、もう3人とも吹き飛ばされていてもおかしくはない。
「いや、始めたときは殴られたけども…なんや、ここ出たい、出たら何したいとか考えてるうちに、銀じぃたちが来たんや」
普通座禅は『煩悩を払う』という目的だが、炎は逆に『煩悩まみれ』の方が集中できる、なんとも不思議な状態だった。
「ほんっと…天才ってわけわかんないわよ…」
その後、銀、カッコも参加し、改めて座禅修行に入った。
「炎よ」
「どないしてん、銀じぃ」
炎はやはり天才的だ。前日だったら確実に大仏の手がひっぱたいていたところ、平然と話をしている。
「いや、おめぇ少しは寝たのか?」
「あんなこと言われたら、色々考えてしもて寝れるわけないやん…」
確かに『二代目の素質はない』と言われて、何も考えないわけがない。炎は炎なりに、現在の状況を整理したのだ。
「俺かてそこまで神経太くないからな…そもそも、鳳一家の野郎どもがこの街好き勝手したら、『PUB酔〜とデコレーション』のはるかちゃんが奴らに手篭めにされたらどないすんねん!って思うたら…そんなことさせん!ぴゃぐ!!」
大仏の手、いや、郭公の巨大警策(きょうさく)が脳天直撃で炎はまた星を見た。
「まぁたバカみたいなこと言ってんじゃないわよ!あと、はるかって結婚してるわよ?」
「だぁ?!なんやと?!!?」
「先々月かしら、うちの宴会場で披露宴したわよ」
炎はあんぐりと口をあけ、石化してしまっていた。
「ぶっ!だっはっは!おめぇは正直でいいや、あぁいや欲望にな。ま、この調子で集中してくれや」
守るもの(?)が無くなり、意気消沈している炎の肩に手を置き語りかける銀。
「それとよ、炎。俺が二代目に相応しくねぇってなぁ、まだ早ぇって意味だからな。宝治はさっさと隠居してぇみてぇだったからな…二代目になったって、そもそもの力を理解してねぇくせに上になんて立てねぇだろうよ。」
「んー、まぁなぁ」
「だろ?だからよ、この修行も必然だったってわけだ。でもよ、時代は進むもんだな、この修行、宝治の野郎は1回本気で逃走したからな」
炎は、あの親父が?、と言った表情で銀を見つめた。
「ほほほ、懐かしい話をなさる。」
ふすまが開き、火喰が現れた。
「宝治は確か初日に厠に行くと言って捕まり、次の日には厠の天井裏から逃げたんですねぇ」
「あれ…くはっ!親子やなぁ、やっぱ」
「ですが、炎様、貴方は充分務められておるよ。大丈夫、ちゃんと力は付いておる。」
へへ、と小さく笑い、炎はより一層集中した。
3日後
「よし、炎坊、そろそろいいだろよ。座禅は。」
「終わり?いよぉし!銀じぃ、俺なんか強くなった気がする!」
銀は静かに微笑んだ。
「座禅だけで強くなれるなら修行なんていらねぇっつの」
なんとも言われぬ表情になった炎は、虚空を見上げた。
「修行はここからだ。カッコ!例のもん持ってきてくれ!」
そう言われると郭公は一体の木で出来た人形を本堂に持ってきた。息を呑む炎に銀が趣旨を説明した。
「この木偶人形は、一箇所だけ打撃を与えると簡単に機能が停止するようにできてる。正確に突かないと、その弱点が別の場所に移動する。それでお前には集中力を高め…いや、集中力というもんを知ってもらおうと、いろんな邪魔をしながら座禅に勤しんでもらった。」
「邪魔?」
「そう、たまに話かけたり、酒抜いたり、寺に軟禁したり、わざと自動の肩たたき機の出力を変えたりよ。」
「あれ邪魔やったん…いや、銀じぃに怒られる前は多分引っかかってたけど、なぁ…」
うんうん、と銀は頷き
「いや、気にすんな…それだけ周りに気を取られずにやれたってことだ…成長したな…」
銀は人形の前に立ち、構えた。すると、人形は自動で動き始めた。
「あたしの特製木偶人形ちゃん、いい動きしてるわねぇ」
郭公がタブレットを操作し、木偶人形のスイッチを入れた。
銀はじぃと迫る木偶人形を見て、すれ違うように手刀を繰り出した。木偶人形は、パスンという音とともにただの木片になった。
「すご!なんて技や、銀じぃ!」
「あ?ただの手刀だっての。一発当てりゃ止まるんだ、そんな大層な技はいらねぇ...冷静に観察すること、これをしっかりやればどうとでもなる。」
銀はそう言い残し、本堂を出て行った。
「じゃ、あとはあたしが担当するわね。いっくわよぉ!」
タブレットの画面をタップすると、本堂のいたるところから木偶人形が飛び出してきた。
「げぇ!きもちわる!」
「炎ちゃんには、1万体の木偶ちゃんと戦ってもらいまぁ~す。レッツラ~...ゴー!」
郭公は某びっくりどっきりするメカのように、ポチッとなと呟きながらタブレットのボタンを押した。
全機から、ピピピッと甲高い音が鳴った。その瞬間、木偶人形の視線がすべて炎に注がれた。ガシャリガシャリとうごめく姿に、さすがの炎も身震いしていた。
「へへへ...やるっきゃないやないか...もう!なるようになれぇ!!」
炎はまるで、俺たちの戦いはこれからだ、と言わんばかりに木偶人形に飛び込んでいった。
打撃は与えるものの機能停止まではいかず、炎はボコボコにされるしかなかった。
炎は考えた。木偶人形から殴られ、生身の犬族やほかの種族とケンカしてもこれほど痛いことはなかった。やはり無策で飛び込むべきではなかった。
炎は殴られながら、考えた。考えた。考えた。
すると、1体の木偶人形の右胸に一瞬光が見えた。もしかするとこれが弱点だったのか。
見えていた光が徐々に弱くなる。これではいけない、と炎は心でつぶやいた。
「くっそ...届け...届けって!!」
手の届きそうにない木偶人形。すると、炎は手のひらが熱くなるのを感じた。熱いと思う間もなく、木偶人形の右胸は真っ黒く貫かれていた。
「え?…なんじゃこりゃ!!」
木偶人形に伸ばした手には、真っ赤に燃えた槍があった。
ーーーーー次回、第四話 中編・参 -焔槍-
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