映絵師の極印〜えしのしるし〜 第四話 中編・壱 −寺院−
前回のあらすじ
武市は狼との修行により、確実に自身の能力を伸ばすことに成功した。しかし、覚醒した武市と、やっと対等な相手を見つけた狼の修行を超えた戦いは飽きるまで続くのだった。
武市が狼のモンスターランチに挑戦しているとき、炎は辺銀に連れられ、いつも自分が飲みにでている繁華街にいた。
「銀じぃ、こんなとこになんかあるんかいな……こっちはあの寺しかないやん、もったいつけんと教え……お?」
「黙ってついてこい…おい!」
炎は行きつけの飲み屋の前で店員と談笑していた。銀は無表情のまま、炎を殴りつけた。
もちろん、この街は銀の顔も充分に知られている。いつもの銀とは違うと、店員も炎も目を白黒させていた。
「おい、炎坊……今、どういう状況かわかってやがんのか?」
「いや、ちょっとくらいこいつらと喋っとったくらいで殴られてたら…」
「そのちょっとの油断で!!お前は命を落とすぞ」
銀は炎の胸倉を掴んで、いつも見せるほろ酔いの「銀じい」と呼ばれている表情とはかけ離れた迫力で怒号をあげたのであった。
「やっぱりおめぇにゃ、俺の修行がぴったりってこったな…もう着く、黙って付いてこい」
「あ…あぁ…」
あまりの迫力に、炎のいつもの粗暴さは鳴りを潜めた。少しでも『殺気』を出した瞬間、自分は地べたを這いつくばっているだろう、と本能で感じたのだろう。
繁華街の中心部近く、そこに目的地があった。
『四聖院 炎法寺』(しせいいん えんほうじ)
炎と同じく『炎』を冠する寺院である。
「ここにはお前の火の力を鍛える設備がある。ここで俺と修行してもらうからな。あと、修行が始まれば外に出ることは許されないからな。覚悟しろ。」
「やっぱりここかい…へいへい、さくっとやろうや、銀じい」
炎はまだことの重大さには気がついていない。それが、辺銀の「本当の姿」につながるとは、知る由もなかった。
炎法寺の本殿に足を踏み入れた炎は、得も言われぬ感覚に陥った。自分のいる床はぐにゃりと曲がり、全てが歪んで見えた。
「なんや…これ…」
「ここは炎の気が強すぎると、陽炎のようになる特殊な結界が張られててな。なかなかおもしれぇだろ。」
ケタケタと笑う銀、しかし目は確実に現役時代の目をしていた。
辺銀という男は、その昔、鳳一家の親方である鳳 鴉(おおとり からす)の右腕として、裏社会を仕切っていた。
喧嘩や揉め事を、自身の腕力で解決していたが、いつしか街には自身に勝てる者はいなくなっていた。その時ついたあだ名が『呟焼町最狂の男』。
そして、銀は鶯の策略により鳳一家を追放されたのだった。そして後に銀は「いかに愚かで浅はかな男だったかの証明だ」というのだが、それはまた別のお話。
肩で息をしながら、修行中に寝泊まりする部屋に到着した炎。すぐさま畳に寝転がり、息を整えていた。
「なっさけねぇなぁ、ホント」
「こんな仕掛け聞いてへんぞ、何回もここ来てんのに…」
するとそこへ、炎法寺住職の火喰(ひくい)がやってきた。
「銀さん、炎様、よくぞ参られた。悪ガキ気質は抜けとらんのぉ、炎様や」
「ほんとよね、いい加減大人になりなよ、あたしみたいにさ」
火喰住職の後ろにいた副住職の郭公(かっこう)が乗り出してしゃべり始めた。
「うっさいわい、カッコ!お前はいい加減そのオネェ言葉やめぇや…住職、ここに来るまで相当しんどかったけど、こんな仕掛けいつこしらえたんや…」
「おや、やはり…この寺は呟焼街ができる前からあるもの…火の気質が目覚めたものに襲いかかる習性がありましてねぇ…ささ、早速修行に参りましょうか」
炎はこの「襲いかかってくる寺」に太刀打ちできるのだろうか。炎と銀は部屋から出ようとすると、ぷるる、ぷるると銀の携帯が鳴った。
「お?なんや?」
「いや、先に行っててくれ、本堂だよな」
「えぇ」と住職がいうと、銀は頷き、さっと部屋に戻っていった。
「おう、どうした……何?海洋会の奴らが…そうだな、あんまり時間はねぇみてぇだな…わかった、あいつらはなんとかなる、心配するな。じゃあな」
苦虫を噛み潰したような顔、まさにそんな表現が正しいだろう。いよいよ炎、陸、武市の早急な能力向上を図らないといけなくなってしまった。
住職に連れられ、炎法寺の本堂に到着した炎。
「いやぁ、やっぱりここの大仏さんはでっかいのぉ…」
「あったり前じゃないの、うちの寺よ?」
郭公はにんまりと自慢げな顔で懐かしいわねぇ、と感慨深げに呟いた。
「では郭公あとは頼んだぞ」
「はぁい住職…さて、では炎様。これより修行を開始致します。心お静かに、座禅を組んで瞑想を」
「なんや、そないに簡単なんか、へへへ楽勝ぶびぇぇ!」
どかりと腰をおろした途端、頭に衝撃が走った。なんと、後ろにそびえる大仏の手が振り下ろされていたのだった。本堂のなかでは小さい大仏だったが、衝撃はものすごいものだった。どぉんという音とともに鳥がはためいて逃げる音、縁の下にいたネズミがバタつくほどだ。
「あら?出力強かったかしら?ボサっとしてると、頭弾かれるわよ、」
「かしら?ちゃうわ!ボケ!!あー頭取れるか思うた…」
「うふふ、ごめーんね☆……えー再開します。では炎様には、本日より一切の食事、酒、娯楽をすべて禁じさせていただきます。炎ちゃん、あんたね欲望に忠実すぎなのよ、ちったぁ我慢なさいな……炎ちゃん?炎ちゃぁぁん!!」
炎は気絶していた。
狼に次ぐ大食漢でもある炎に食事を禁じ
銀と肩を並べるくらいの蟒蛇(うわばみ)に酒を禁じ
欲望のまま遊び歩いていたものを禁じられ、炎は絶望へと叩き落されたからだ。
数時間後、意識を取り戻し、火の消えた燃えカスのような炎は修行を開始した。
「ったく、今回の修行は俺も付き合ってるってこと忘れるなっつの…」
「へい…」
そう、同じ条件を銀も飲んでのものだった。つまり、
「俺だって酒くれぇのみてぇってんだ。馬鹿野郎…」
「へい…」
夜22時、座禅修行が終わり、部屋へ戻る途中
「銀じぃ、ちょっと厠行ってくるわぁ…」
「…おう、部屋戻ったら写経1時間あるからな、しっかりやれよ。俺は住職と話してくるからよ」
「あいよ………」
銀が離れていくのを見届け、にやり、と笑う炎。
「へっへっへ…俺が大人しう我慢できるとお思いでっか?辺銀さぁん…」
そういうと、厠の横の茂みに入り、子供の頃によく抜け出した穴を探した。
「へへ、昔はようカッコと陸とあいつらで遊んだもんやのぉ…お、あったあった、ここから外に」
「出られて、チョコちゃん指名してチョメチョメするってか?炎」
見上げる先には、辺銀。そう炎が脱走するだろうということは、もうすでにわかっていたのだ。
「てめぇ、来い」
世紀末救世主の如く指をゴキゴキと鳴らす銀の姿に、後に炎はこう語った。
『あ、俺死んだ思うたな。おぉ、でもあれがなかったら、今こうやって生きとらんかったわな…』
本堂に連れてこられた炎は、恐る恐る銀の顔を覗いた。そこにはいつもの穏やかな酒飲み銀じぃがいた。胸をなでおろすのもつかの間、その表情からは考えられないくらいに殴り飛ばされたのだ。
「お前はホントにガキだ...俺はこんなだから『二代目にはまだはえぇ』って言ったんだ!」
銀は宝治に押し切られる形で炎の二代目襲名を了承したのだった。
しかしそれをしらない炎は愕然とした。
「俺ぁな、もともとお前には素質はねぇと思ってたんだ。狼とは別の意味でな。あいつは強ぇ、でもお前はどうだ。え?言ってみろ!!」
炎は何も言うことができない。いや、薄々わかっていた。
「おめぇも薄々わかってんだろ、俺が二代目に推してた奴を...でもな、宝治はお前のプライドが傷つくと思って、陸に」
「それ以上言わんでくれ、銀じぃ...わかっとんねん、俺はただの遊び人や...わかってんねん...」
銀は炎の肩にやさしく触れた。
「大丈夫だ。俺がしっかりと二代目として、いやきっちりとした二代目になれるよう面倒みてやる。だからお前は俺が預かってんだ。さ、立て。」
「銀じぃ...」
そのあとの二人は静かに、白湯で乾杯した。
ーーーーー次回、中編・弐 -氷火-
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