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映絵師の極印(えしのしるし)第二話 前編・壱 -不動-

ーーー時は変わり

夏の日差しが眩しい映絵町ではそろそろ祭りの準備が始まろうとしていた。
この時期になるといつも噂されるのが「皇宮映絵会」の開催だ。

「皇宮映絵会」とは
時の皇帝が開催する催し物のひとつで、この街の映絵の芸術的な素晴らしさや文化衰退を防ぎ、後世に残していこうというのが目的のひとつである。この町の例大祭で開催されることが多い。

しかし、10年前の大抗争終了時以来、この映絵会は開催されていない。
なぜ開催されないのか、その理由は未だ謎のままだ。

夏用の洒落た着物に身を包んだ万事屋村前の店主・辺銀は、この猛暑の中、おおきな桐の箱を持って皇宮に向かっていた。
今の皇帝(通称・公帝)は、この街の映絵の文化を尊重しており、折を見ては町の映絵を見て楽しんでいるからだ。

さすが商売上手な銀は、いち早く目を付け、町の映絵を集めては国王に納めていた。
「暑ちぃなぁ...しかし、あの頃の熱さに比べればこんな夏の暑さは涼風ってもんよな…それにしても今年は暑ちぃな…」
汗を流しながらボヤく銀は、当時の熱い熱い戦いを思い出すのだった。


ーーーー10年前
「おーい、虎ぁ、もうすぐ時間だよ」
猫友映絵塾と書かれた建物から声がする。外には数名の生徒にマタタビの蘊蓄を語る、若き日の猫手会幹部の虎がいた。
「ニャッハッハ、ぼっちゃん、ありがとうございます、もうそんな時間でしたか」
塾の中から呼んだ声の主は猫友の1人息子の武市(ぶち)だ。
怪我や病気で体調の優れない初代猫友・弾(たま)にかわり、映絵の講師として教鞭をとっていた虎を呼びに外に顔を出したのだ。

「今日は風景画についてだね!」
「はい、そうですよ」
目を輝かせる武市に虎はニコニコと笑いながら答える。
「でもなぁ、僕は生き物を描くのが好きだからなぁ」
少々不満気味な武市に虎は諭すように

「ぼっちゃん...絶えず姿を変える自然を捉えてこそ本物の映絵師なんですよ?それにですね…」
「あー、また長くなるからいいや、行こっ!風景の描き方、描き方!」

指を立てて説明に入ろうとする虎を引っ張って他の生徒たちと中に入る武市。虎は「本当にもう..」と笑顔でため息をついた。


塾では楽しく授業が行われているようだ。

元々、弾の右腕である虎は映絵の能力向上のため、弾から映絵の教えを乞うようになった。
幼い時に両親と死別し天外孤独な虎は弾を親のように慕い、武市を弟のように育てていた。


「ーーこのようにすると、奥行きを出しながらも、手前の構図を生かせるのですよ」
虎の講義をみな真剣に聞いている。

「うーん、さっすが虎だな、なあ三毛!」
「う、うん、そうだね、でもダメだよ騒いじゃ」
武市に話しかけられて焦るのは、猫友一門で1番の実直さをもつ三毛だ。

「ほーら、虎先生に集中して!」
武市に三毛は「しぃ~」と小声で注意する。
「集中してるよー、僕なりにね!」
はぐらかす武市。

「さて、一通り書き終えたら、印を押すのを忘れてはなりません」

そういうと虎は書き終えたお手本に落款(らっかん)を押した。

『不 動 心 虎』

「これで、映絵は完成、となるのですよ、わかりましたか?これが魂を入れるということにも通じます。」

「いやぁいつみても虎の印はかっけーよな、三毛!」
騒ぐ武市に三毛は少し真剣になった。
「君はいいさ、将来を約束された立派な印があるじゃないか。僕はまだ印なんてないんだから......」

すると武市は興奮してさらに大きな声になる。
「あのさぁ、それ言われると辛いんだよねぇ、まだその域に達してないって何度親父に叱られてるのか!だから三毛と一緒に塾で学んでるんじゃないか!」
「声が大きいよっ!」
苛立っている三毛に武市は更に興奮して言い放つ。
「三毛も僕も一緒だよ!まだ印が無いならこれから作っていけばいいんだ!」

「オホン!!...ぼっちゃん?」
「あ、ごめん虎...先生。...ごめん、三毛...」
すっかり興奮する武市と三毛の頭を撫で、虎は自分の印を指差しながら諭す。
「いかなる時も、すべての事を山のように構えて判断し、冷静に行動する。不動心の基本です」

「はーい...でも僕には不動心は無理だなぁ」

「ニャッハッハ、ぼっちゃんはまだお若いですからね、そのうち解ってきますよ」
なんとか興奮をおさめた武市は三毛の方に目をやった。

「不動心…いいなぁ、自分も極めたい…」
目を輝かせる三毛に武市は納得したように

「そうだよ!三毛が目指すのにはピッタリだよね、虎!」
「えぇ、それは嬉しいですね、私の不動心を継ごうとする物はまだいませんから、三毛君が精進してくれるのは喜ばしい事です」

「喜ばしいってよ!三毛!」
三毛の背中を、ぽんと叩くと武市は椅子に座り直す。
「そうと決まれば精進、精進だな!」
「ほんと、調子いいんだからぁ…」

「てへへっ」

少し困り顔の三毛だったが内心は燃えていた。
三毛も幼い時からひとりで生きてきた、いわば野良だ。
路頭に迷っていた所を虎に救われ、映絵塾で勉強をしながら使用人として働かせてもらっている。まるで父親のような存在の虎に憧れていた三毛は、この時から虎の不動心を目指して映絵を勉強するようになったのだ。



ーーーーー次回 第二話前編・弐 -開戦-

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