間質性肺炎の病歴①
別にブログでもパラパラと病のことを記してきたが、折角のノォト、これまでの20年間の病歴を3つの期間に分けて記しておく。
呼吸器の不調で発症したのでなく、職場検診で間質性肺炎がみつかったといえる。およそ15年間と長かった初期①では、間質性肺炎は地に映る影のようなもので日常生活への影響は皆無といえた。半年ごとの定期健診が近くなると、少し不安になって地面に影を探すように神経質にもなった。幸い、緩い進行性の肺炎だったのかして、今となっては潜在期ともいえそうな初期の①期間が長かったのだろう。また後に記すよう、過去の病変の指摘がスタート時だったのかもしれず、病変の要因を知りたいが、しかし、今となってはどうでも好い とも思う。
【初期①=2004年~2018年くらい】
きっかけは2004年ごろの健康診断のX線透過フィルム上の欠陥。その小さなフィルムを持参して隣の市の総合病院AでCTスキャンなど精密検査を受けた。担当Y先生は『間質性肺炎』で『特発性のもの』でしょう と示してくださった。過去の何らかの病変かも とも。
2006年に通院の都合だけで少し離れたB病院を受診先に変え、CTはもちろん、紹介された大学付属病院での気管支内視鏡検査の求めに応じた。付属病院では検査だけで、B院の担当医さんが実施してくれ、後日にB院で説明を受けた。大学病院とB院との医務連絡の流れは私には不可解で、大学と担当医との関係に依るものかしら・・・ただし、『特発性非特異性間質性肺炎で繊維化細胞優位;f-NSIP』と病名が確定した。
失敗談を一つ。午後の内視鏡検査には職場から車で向かったのだが、咽頭部への麻酔薬噴霧の影響で、術後もフラフラする。病棟の看護主任さんに一人で来たことを呆れ・叱られ、空き隅で復調するように寝かされた。数時間後、車を運転して職場に戻ったのだが完全な”飲酒運転状態”。もしも事故となったら飲酒運転で処罰されたのだろうか、セーフ&冷や汗。
病名はほぼ確定したが、さらに確実とするため経皮内視鏡(VATS)での検体調査も勧められた。ただ、返答ができずズルズルと経過するうちに、急な病変もなかったことからか、逆に、VATSが原因で悪化することもあるから受けない方が好いでしょう・受けなくてよかったね! と告げられた。
結果からすれば、15年ほど①の長い時間を健康に過ごせた。おかげで定年後の第二の職場時代も兼業の米作りと野良の野菜作りの真似もできた。また、低山里山の大好きな徘徊もできた。職場のお昼になれば机上をそのまま、お外へ散策に飛びだした。のんびりした時代だった。
明日にでも【移行期②】を記す予定。