~事業承継の道 篇~ 経営改善の専門家が解決! (会社のお困りごと相談室)
経営改善の専門家が今まで受けてきた500社以上の経営相談を基に、多くの会社で起こり得る問題とその対応策について、具体的なエピソードを交えて解り易くお伝えします。
■ご相談内容 「半人前の長男に事業承継」
当社はサービス事業で創業し、現在では複数のグループ企業を有して多角経営を行っています。
創業社長である私が65歳を迎えたことや健康不安も出てきたことから、そろそろ長男(現専務)に2代目を譲ろうかと考えています。
しかしながら長男は今まで主に現場指揮を行ってきた為、経営の全貌については把握しきれていない状況です。
事業承継について、一体どこから手を付けていけばよいでしょうか。
■ご相談の会社について
■基本データ
(業種業態)サービス業
(売上高)2000百万円
(収益状況)経常黒字(8,000千円)
(従業員人数)800名(グループ総数)
■ヒアリング内容
・トップダウンで事業拡大の契機を素早く判断し、会社を大きくしてきた。(現社長)
・経営方針などについて長男と相談したことはほとんど無い。(現社長)
・自分の会社に対する思い・理念が長男に伝わっているか不安である。(現社長)
・事業の方向性が見えていない為、2代目として会社を牽引できるか不安がある。(長男)
・全体的に黒字だとは理解しているが、会社のどの部門の収支状況か良いのか、不採算部門はどこなのかは把握していない。(長男)
*尚今回は「現社長と長男で会社の現状を共有する」ことを目的に、経営診断を実施しました。
「経営診断」とは、会社の経営状況を定量的・定性的に調査・分析することで、会社の健康診断のようなものです。
社内資料の精査や経営者・社員へのヒアリングを実施し、経営戦略、財務、人事・組織、生産管理など様々な切り口から会社の現状を分析します。
その分析により、会社の進むべき方向性、抱える具体的な課題と改善策があぶり出されます。
「経営診断」は事業承継の入り口として会社の現状を把握するには、非常に有効な手段です。
■見えてきた課題
ヒアリングと経営診断により、以下の課題が明らかになってきました。
《経営理念・行動指針が共有されていない》
創業社長の鶴の一声で幹部社員が動くという体制を続けてきた結果、会社がどこを目指しているのか現場が理解せぬまま、各々の解釈で日々の業務を進めていました。
《経営管理が脆弱である》
明確な部門別会計を行っていなかった為、収益性の高い部門の強化や不採算部門への対策が遅れていました。部門別の数値計画も存在せず、各部門長の裁量に任せていました。
《人事評価軸のブレ》
全社員で経営理念や行動指針、事業計画を共有していない為、評価軸にぶれが生じていました。何の為に何をどう頑張ったら評価に繋がるのかが見えておらず、自己の評価に不満を持つ社員も散見されていました。
■課題への対応策
現社長と長男、経営幹部をメンバーとした経営改革プロジェクトチームを立ち上げ、以下の対応策について進めて行きました。
《①行動指針の明確化:クレド&ベーシックの制定》
各人の行動や判断ができるだけブレないように、経営改革に取り組むタイミングで、行動指針を明確にすることに着手しました。
行動指針の制定にあたっては、幹部候補を中心にプロジェクトチームを編成し、プロジェクトメンバーが主要な従業員にヒアリングを実施しました。
ヒアリングでは、仕事でやりがいを感じることや日ごろから大切にしている想いなどを拾い上げました。
それらを明文化し、クレド&ベーシックとしてまとめることで、企業文化・企業価値を全従業員の共通のものとすることができました。
(クレド&ベーシックとは?)
クレドとは「信条」を意味するラテン語で、「企業の理念や指針を端的に表現した文章」のことを指します。
具体的には、経営理念を基にして、企業の存在意義や仕事への誇り、企業の一員であることが社会貢献につながっているという意識などを盛込んだものです。
こうして作成したクレドには、企業の中で働く人々に共通の価値観を与え、企業が大切にすべきことについて全従業員が同じものさしで考えられるようにする効果があります。
ベーシックとは、経営理念・クレドを実現するための行動、例えば挨拶や接客などの基本的な行動についてあるべき姿を示したものです。
これらの指針沿った個々の行動の積み重ねが、企業の風土を作っていくことになりますので、ベーシックは企業にとって極めて重要な役割を持っていると言えます。
《②事業承継の第一歩:次期社長主導による中期経営計画の策定・実行》
経営改革プロジェクトチームによる経営戦略検討会議を数回実施しました。その後、立案された経営戦略を中期経営計画として詳細部分を経営幹部とともに作りこみました。
中期経営計画策定・実行についての権限は長男に委譲されました。事業承継の実質的な第一歩が踏み出されたのです。
《③現場主義のシステム構築:経営管理・人事システムの構築》
策定した中期経営計画の実行の為、脆弱であった経営管理システムの再構築を行いました。
具体的には、正確に把握できていなかった部門別会計を厳密かつスピーディーに実施できる体制をとりました。
また、部門別にアクションプランを設定し、モニタリングする会議を設置しました。
併せて、人事システムの改革を行いました。
具体的には、新たな評価軸による評価制度と、個人目標・所属部署の目標・会社の目標が一体化した目標管理制度を設けました。
■ご相談者のその後
前述①~③の実践により、“事業の持続的な発展のための事業承継”において最も重要な項目の1つである「会社の理念と組織の承継」がスムースに進みました。
全社で共有している行動指針が評価に反映されるため、社員のモチベーションが上がり、組織活性化に繋がっています。
長男は現在、現社長の意見も聞きながら、中期事業計画実行の陣頭指揮を執り経営者の判断力を養っています。
■専門家から一言
数多くの経営再建・事業承継に携わってきた私が考える、成功する事業承継のポイントは以下の3つです。
・事業承継を機に経営状態を見つめ直し経営改革を実行する、と現社長が覚悟すること
・現社長が承継する社長に重要な業務の権限を委譲すること
・経営改革に幹部社員を巻き込み、経営参画意識を醸成すること
親族内承継や従業員承継の場合には、後継者の育成期間を含めると5年~10年という非常に長い時間を要します。
事業の持続的な発展のために、円滑な事業承継はきわめて重大な経営課題として早めに準備することが重要です。