![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/167611294/rectangle_large_type_2_3a9d1aa93ada9434723ac11568490e13.jpeg?width=1200)
ムーミン谷のクリスマス「もみの木」比較
いつの間にかやってきて、いつの間にか終わっていたクリスマス。気が付けば、大晦日はもう目の前。
サンタクロースも家にやって来ないし、恋人がいるわけでもない。毎年クリスマスも大晦日も特に予定のない筆者。
予定がないなら、note の更新をすればいいじゃない。
ということで、せっかくなので今回は(大大大遅刻ですが)、クリスマスに因んだムーミンの雑学を書いていこうと思います。
ムーミン一家、はじめての「クリスマス」
今回取り上げたいのは、ムーミン童話唯一の短編集である「ムーミン谷の仲間たち」に収録されている「もみの木」です。
![スウェーデン語「ムーミン谷の仲間たち」(Det Osynliga Barnet)表紙](https://assets.st-note.com/img/1735397266-xCIPpO8nrQGT2Ki7eZYoVlDa.jpg?width=1200)
画像出典:https://forlaget.com/bocker/det-osynliga-barnet/
このお話は、クリスマスの頃はいつも冬眠しているムーミン一家が、ひょんなことからクリスマスを「お迎え」する準備をすることになる……というものです。
そもそも「クリスマス」という言葉すら知らなかったムーミン一家は、わけもわからず、周りに言われるがまま行動します。もみの木を切り、飾り付けをし、ご馳走を用意し、プレゼントを並べ……それでも結局最後まで、クリスマスの正体を知ることなく、長い冬眠に戻ります。
しかし、彼らの行動が、結果的に小さなクニットたちの心を温めることになるのです。
この物語が収録された「ムーミン谷の仲間たち」が初めて出版されたのは、1962 年。
しかし実は、それより前に「もみの木」の物語が存在していたことを、ご存知でしょうか?
複数の「もみの木」
「もみの木」――原題 "Granen" が初めて世に出たのは、1956 年 12 月 23 日。スウェーデンの新聞"Svenska Dagbladet"(以降、SvD と呼ぶ)紙上に掲載されました。「ムーミン谷の仲間たち」よりおよそ 6 年も前のことです。
!["Svenska Dagbladet" 1956年12月23日号 28面このサムネイル(?)だけなら、誰でも見ることができます。](https://assets.st-note.com/img/1735218167-TqhnxZUb9GyV7i51jFtHCI3w.png?width=1200)
このサムネイル(?)だけなら、誰でも見ることができます。
参考:https://www.svd.se/arkiv?q=&startDate=1956-12-23&endDate=1956-12-23&offset=0&sort=date&sortOrder=asc§ionPageNumber=
また、ムーミン童話 6 作目の「ムーミン谷の冬」の初版は 1957 年。つまり、「ムーミン谷の冬」に先駆けて、ムーミントロールは冬を経験していたことになります。
この 1956 年版 "Granen" は、SvD の有料アーカイブでしか読むことができません。日本人にはなかなか敷居が高く、筆者も残念ながらいまだに入手できていません。国立国会図書館にも、1958 年のSvDは所蔵されておらず、入手が難しいのが現状です。
しかし、実はこの 1956 年版の "Granen" 、英訳したものが書籍化されており、こちらは日本にいても購入することが可能です。
英訳版のタイトルは "The Christmas Tree” 。1958 年に英国で出版された"A Golden Land"という本に収録されています(筆者は1973 年に再版されたものを所有しています)。
![1958年出版 "A Golden Land" 表紙](https://assets.st-note.com/img/1735218508-qLcRgYa3V8JlTzm42hbCIdON.png?width=1200)
画像出典:https://www.ebay.co.uk/itm/204522561440
こちらの本は、複数の作家による童話や詩が収録されたオムニバス本になります。さらに、この "A Golden Land" への収録にあたり、SvD 掲載時より挿絵が数点追加されています。もちろん、トーベ・ヤンソン先生ご本人によるイラストです。
そして、1962年の「ムーミン谷の仲間たち」に、挿絵を一新したリメイク版「もみの木」が収録されました。
……ややこしくなってきたので、「もみの木」の変遷を図にまとめました。
![1956年 Svenska Dagbladet 紙上にて、短編 “Granen” が掲載。
1958年 英国にて、児童向けアンソロジー本 “A Golden Land”出版。
“Granen” の英訳版 “The Christmas Tree” が収録。挿絵が数点追加される。
1962年 ムーミンシリーズ唯一の短編集 “Det Osynliga Barnet”(邦題:「ムーミン谷の仲間たち」) 出版。改訂・挿絵を一新した“Granen”(邦題: 「もみの木」、英題: “The Fir Tree”)が収録。
1973年 “A Golden Land” 再版(内容は1958年時と変更なし)](https://assets.st-note.com/img/1735219925-KSzBXjY1atGAx2icwg70NDEU.png?width=1200)
1962年「ムーミン谷の仲間たち」に収録されている(=現行版の) "Granen" の英訳版は "The Fir Tree"。
タイトルを見れば、1956(1958)年版か、1962年版かが識別できます。
「もみの木」比較~実はあのグッズにも使われた挿絵
では、旧「もみの木」(以下、「旧版」)と現行版「もみの木」(以下、「現行版」)では、具体的に何が違うのでしょうか?
ここからは、"A Golden Land" に収録された英訳版を基に、現行版との相違点を書いていきたいと思います。
![筆者所有の、1973年再販 "A Golden Land"](https://assets.st-note.com/img/1735398399-pJVkBq39ELs7x1hjbyWAtn6i.jpg?width=1200)
①登場キャラクターの変更
結論から言うと、ストーリーに変更はありません。冬眠から起こされたムーミン一家が、慌ただしく動き回る住民たちに倣い「クリスマス」を迎える準備をし、最後は小さい生き物たちが集まってくる……というストーリーは、昔も今も変わりません。
前述したように挿絵は一新されていますが、その他に一部の登場キャラクターが変更されていることが特徴として挙げられます。
たとえば現行版では、クリスマスの準備についてムーミンたちに助言をした、そりを蹴るヘムルのおばさん。
こちらのキャラクター、旧版ではミムラねえさんがその役割を担っています。1957年の「ムーミン谷の冬」では一度も目を覚ますことなく眠り続けていたミムラねえさんですが、1956年の物語ではクリスマスの準備に追われていたのです。
![](https://assets.st-note.com/img/1736323329-XDN5bx3mpLn6Fy9cQj0zfOe2.png?width=1200)
"A Golden Land" で描かれたミムラねえさんの挿絵は、2009年に発売されたARABIA社のムーミンのクリスマスマグのデザインに採用されています。
![Julöverraskning 2009](https://assets.st-note.com/img/1735482243-vpJKuYG5HgcSEFZiheD9VbOL.png?width=1200)
https://www.moomin.com/sv/blogg/hur-skiljer-sig-polismastaren-andra-muggrna-historien-bakom-arabias-muminmuggar-del-11/#03084de9
https://muumimukitrahaksi.fi/sv/produkt/muminmugg-juloverraskning-2009/
原作の物語ではミムラねえさんですが、マグのイラストは「ちびのミイ」とされています。確かに、ミムラねえさんではなくミイと言われたほうがしっくり来る顔つきですね(実際はミイより少し頭身が高いかな?という気がします)。
また、現行版に登場するガフサですが、旧版だとフィリフヨンカがその役割を担っていました。ムーミン一家にこっそりもみの木を伐採されるのも、フィリフヨンカです。
台詞も少し異なっており、現行版でガフサは「ミーサに話した」と言及していますが、旧版だとフィリフヨンカは「ガフサに話した」と言っています。ちょっとややこしい。
![](https://assets.st-note.com/img/1736323204-9aNBjZrTLlhOYsn6JEtgSefM.png?width=1200)
こちらの挿絵も、ARABIA社のクリスマスマグのデザインに採用されています。
![Julmugg 2004, 2005](https://assets.st-note.com/img/1735482558-oG5YundR4etgZDSx2LX7aAlq.png?width=1200)
https://www.moomin.com/sv/blogg/nastan-bortglomd-visbok-inspirerade-julmugg-historien-bakom-arabias-muminmuggar-del-7/#03084de9
https://muumimukitrahaksi.fi/sv/produkt/muminmugg-julmugg-2004-2005-etikett/
もともとの挿絵ではフィリフヨンカを見つめているのはムーミンパパとムーミントロールですが、マグのイラストだとムーミントロールはムーミンママに置き換わっています。
またよく見ると、先ほどのミムラねえさんの挿絵で一緒に描かれていた小さな生き物も、デザインに使われています。
大人気のムーミンマグシリーズで、こういったレアな挿絵が基にされるのはなかなか珍しいのではないでしょうか。
②ムーミントロールの台詞
さきほど、フィリフヨンカとガフサの台詞の変化について触れましたが、個人的に興味深い台詞の変化が、下記のシーンです。
「こいつは、土から生えたのかな?それとも、天から落ちてきたのかな?もしこんなものが、一度にぜんぶ出てきたとしたら、さぞ気持ちがわるいだろうな」
「パパ、これは雪だよ。ぼく、知ってるんだ。それにこれって、一度にふってくるんじゃないんだよ」
ムーミントロールが説明しましたが、パパは言いました。
「そうか。だけど、やっぱり気味がわるいな」
講談社(2020/4/23)
p. 229より抜粋
こちらは現行版において、パパに対しムーミントロールが雪について説明をする場面です。
ですが旧版では、ムーミントロールが雪について説明する場面は存在しません(また、上記のパパの台詞も、もともとはママの台詞でした)。
先に述べたように、はじめて「もみの木」が発表された1956年時点では、「ムーミン谷の冬」は未刊行。つまり、この時点だとムーミントロールは雪を知らないのです。
そして、「ムーミン谷の冬」の後にリメイクされた現行版「もみの木」では、ムーミントロールが雪の話をしています。
ちょっとした変化ですが、こうした時系列を意識したアレンジに気づくと、芸が細かいなぁとワクワクします。
いかがでしたか?
その他にも細かい変更点や気になる点はありますが、すべて語ると長くなってしまうので、今回は主要な変更点のみご紹介しました。
旧版「もみの木」が気になった方は、是非"A Golden Land" を買いましょう。もっと言うなら、SvDに掲載されたオリジナルの "Granen" を購読してください……筆者の代わりに……。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
皆様、よいお年をお過ごしください。