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リング【Part.6】

失われた代償

「…やばいな」
零さんがポツリと漏らした言葉に私たちは顔を見合わせる。
もう零さんの体力は半分を切っていた。
運のいいことに死神と堕天使は2回に1度しか攻撃してこないんだ。
それでも、今まで持ち堪えていたのは奇跡だよね。
「ワシがレベルを上げなければ、上手く行ったかもしれんのに!ぐぬぬ…」
「おっさん、まだ決まったわけじゃないよ。俺らだって考えてんだから」
「『必死に』が抜けてるよ、茜君」
ふんと笑うのは雷射だ。二人とも落ち着いていてすごいなぁ。
私なんて17才のくせにオロオロしてるんだもん。
「踊さん、大丈夫だよ」
「必殺技やるか」
「え?なんすか?」
「職業特別技だ。まあ見てな」
零さんはそういうとコマンドを選択した。
それは、倍返し!名前の通り自分の減っているHPの2倍ダメージを敵に与えられるもの。しかも、範囲攻撃だから2体とも当たるんだって!
「「「すごっ!」」」
なんと!一気に死神と堕天使の体力が半分を切った!
でも…
私の中で不安が膨らんでくる。
こんなにダメージがあったってことは零さんの体力は想像以上に少ないってことだよね。そろそろ逃げたほうがいいかもしれない。
「八高さん、勝ち目がないって顔してるよ」
「あ、茜君⁉️」なんでわかっちゃたの?
私のびっくりした声にも構わず、彼は冷静な顔で続ける。
「でも、そろそろ逃げたほうがいいかもね」
「うん…」
「正直言ってうちも持ち堪えるのはもう厳しいと思う」
「樋浦さん、逃げてよ」
「なんで?」茜君の言葉に零さんは不思議そうな顔。
「代償を失うからやん!」
「逃げれない。コマンドが選択不可になってる。
リングは……意地でもひとつ俺の代償を取るつもりだ」
「そんなっ!」
思えば私は誰かが代償を失うのを見るのは初めてだ。
霧崎さんの時はイベントをクリアしたから、戻ってきた。
まだ決まったわけじゃない。そう思いたいけど、勝算がないのも事実だ。
「夜一、パソコンを準備してレイグラスに連絡しろ。
全プレイヤーに警告メールを出せ。あとは任せる」
「はいっす!」
「うち、ランキング内の知り合いに連絡しとく。多分大丈夫やと思うけど」
みんながあわただしく動き出す中、零さんは真剣な顔で悩んでいた。
たぶん、彼は次でやられることを覚悟している。
だから、最後の一手を迷ってるんだと思う。
一か八か、攻撃するか、生き残る可能性にかけて回復するか。
零さんは最後のコマンドを決めた。
みんなが周りに集まってくる。
【零のグレイトウォール!
体力が1000回復した! 500/5000→1500/5000】
その表示に私たちは愕然とする。
残りの体力は少ないと思っていたけど、まさか3桁とは思わなかった。
「最後に足掻くなんて、俺らしくないな」
「「「……」」」
茜君達も黙ったままだ。最善を尽くした。私にわかるのはそれだけだった。
堕天使が風の刃でアバターを攻撃し、零さんのアバターは倒れた。
体力がなくなった。つまり、ゲームオーバー。
リングに『代償受け取り中…』と表示が出る。
零さんは頭脳戦の時みたいに机に突っ伏して動かなくなった。
この間に代償がやりとりされるんだろう。痛くないのかな…
「あの!私、頭脳戦ができないか確認します!」
到底勝てる相手とは思わないけど、希望があるだけマシだもの。
零さんのステータスを開いた私は思わず「え…」と声を漏らした。
代償を奪った敵の名前は「???」で、頭脳戦ができなくなっていた。
『二度と帰ってこない…』
その言葉が私の頭の中を渦巻いた。
…きっと、リングをクリアして代償を取り戻してみせる!
私の中に目標が芽生えたのはこの時だった。



「俺は…負けたのか」
「「「零さん⁉️」」」
「何の代償を失ったっすか?」
そういえば、慌てていて何の代償か確認しなかったな、とぼんやり考える。
「左手だ。あと…招待状を手に入れた。レベルが777じゃなくても、マップに入れる」
「まさか、再挑戦するつもりですか⁉️」
「よければ、ランキング上位3人で行く。防御の実は持ってるだろ?」
宝来さんと雷射は頷いた。
防御の実はバーストと同じ確率系アイテムで、名前の通り防御力を上げる。
「じゃ、寝てくる」
零さんの後ろ姿が曲がり角を消えると、夜一さんは
「霧崎、踊、零さんの分もcp稼ぐすっよ!」
「「はい!」」
「じゃ、俺らもやろ」
「オケ」
「オッケー!どんどこどーん」
「うん、うるさい」
「あはは。付いてくるっすよ」
そう言って夜一さんが選択したマップは「豆腐荒野」だった。
これって、絶対に「高野豆腐」を逆さまにしただけだよね?
漢字は若干違うけど。
リングの運営の趣味もどうかしてると思うけど、夜一さんのセンスもかなり変わってるよ〜!
まあ、それは置いといて出てくる敵の説明をするね。
敵は「豆腐マン」で、まあ、名前の通り豆腐。
雑魚敵だけど、まだ弱い私にとっては気が抜けない。
十分気をつけなくちゃ!
「じゃ、一人一体突撃っすよ!」
ええ?ちょっと待ってください!
でも、私のアバターはもう豆腐マンに接触しちゃった。
私はとりあえず、アクアルーレットを使用した。
他にまともに使える技がないんだよね。
短刀はダメージが少ないし必殺技は武器が壊れる可能性があるんだ。
ダメージは500。
うんうん。最初に比べたら私も強くなったよね!
でも、豆腐マンは体力が1200あるんだよね…
弱いのに体力が無駄に多くて面倒くさいからこのマップはあまり人気がない。その気持ちはよくわかる。
と、思った時、夜一さんと霧崎さんが戦闘に参加してきた!
そして、夜一さんは一発で豆腐マンを倒してくれた。
やっぱり、ランキング内の人はすごいなぁ。
「よし!200cp獲得っす!みんなマップから出るっすよ」
私たちがマップから出ると茜君たちも少し遅れて終わったらしく、みんなで食堂に飲み物を買いに行くことに。
夜一さんが零さんに飲み物を届けるというので、私もついていくことにした。
意外とこういうところは責任感があるんだよね。
見た目とのギャップが結構すごいけど。
「夜一さん。どうやって部屋に入るんですか?部屋の鍵ないですよ」
「えっへん。僕が持ってるっす。僕との間は隠し事なしっすよ」
うーん。若干…というかめちゃくちゃ理由が怪しいな。まあいっか。

ナイトメアリングとフィーラン

「ありがとな。よし、部室に行く。記憶が新しいうちに再挑戦だ。
宝来と雷射を呼んでくれ」
「はいっす」
5分ほどの昼寝ですっかり体力を回復したのか、零さんはテキパキと指示を出し始めた。
そして、みんなが集まり、ランキング上位3人はマップを選択した。
今度も雑魚敵を倒し、祠に入る。
そして、3人は強制的に戦闘画面に飛ばされた。うん。これも同じ。
変更点がないっていうのは戸惑わないからありがたい。
と思ったら、なんと出てきた敵が変わったんだ!
名前は『フィーラン』で、風呂敷を背負っている小人みたいな敵。
うーん。可愛いとしか言いようがないけど、このマップに出てくるということは強いのかな?
「大変です!未発見の敵みたいです。目撃情報1。移動スピードが速い」
「「なんだって!」」
「大変だね。気を引き締めないといけないやん」
「頑張るぞーい!」
みんなゆったりした雰囲気だけど、目は真剣そのもの。
こっちにまで迫力が伝わってきた。
でも、フィーランの攻撃順は最後だ。
体力は8000だけど、みんなの攻撃のおかげで、もう半分を切っている。
【1ターン目:フィーランのバーズランウィンド!
零・翠智・雷射に2500ダメージ! 追加効果:攻撃力・防御力増幅】
え…1撃が2500…
ううん。次で倒せば大丈夫。それか、みんなが全回復すれば…
「攻撃力増幅か。やばいな」
「防御力もだよ。回復しないといけないかも。ヒールポイントある?」
「あるぞーい!」
「じゃ、次はみんな回復で」
「「了解」」
やっぱり上位3人は考えることが似ているのか、スイスイと決まる。
ちなみに、ヒールポイントは回復の制限みたいなもので、これを使うと回復薬の効能が大幅に上がる。これも確率系アイテムだよ。
この知識は全部霧崎さんに教えてもらったんだ。
そして、2ターン目。またフィーランの攻撃だ。
【フィーランはバーズクラッシュ(集中攻撃)を放った!零 0/5000】
「「「「「「ええっ⁉️⁉️」」」」」」
「またかよ…」
零さんは歯軋りした。まさかの2回目の代償損失。運が悪すぎる…
このマップ、悪夢かもしれない。私はチラリとマップ名を確認した。
『ナイトメアリング』…リングはまた最悪のものを作ってきた。
「今回は頭脳戦で取り返せるみたいだよ」
茜君の言葉に私はちょっとホッとする。なら私も力になれるもん!
「まずい。フィーランは通常マップでも出没するらしい。
それに、こいつ強制的に両足の機能奪っていったぞ。俺の代償は鼻なのに」
「マジっすか…やばいじゃないっすか!両足の機能奪われる人が続出っす」
「レイグラスに連絡します!」
「霧崎と夜一以外は寝ろ。もう10時だ。明日も授業があるだろ?」
「「「「……」」」」
私たちは睨まれ、仕方なく部室を後にした。
本当に大丈夫なのかな?

翌朝、レイグラスは大々的にニュース番組の一番手を飾った。
そして、リングに現れた新敵のこと、すでに被害が大きいこと、
被害者には折りたたみ式の車椅子を一時的に配布するなどの事を知らせた。
こんなに全面的にサポートしてくれる会社があって幸せだと思う。
きっと、社長も息子である零さんのことが心配なんだ。
零さんはというと、ミーティングには車椅子に乗って現れた。
すっごく嫌そうな顔をしていたから、親子関係は悪いのかも。
でも、攻略部は他に両足の代償を失った人はいないからそこは嬉しい。
はやくフィーランから代償を取り戻さなくちゃ!

出現!フィーランLv.15

『皆様、お久しぶりです』
背筋がゾクっとして私は思わずベットから落っこちた。
零さんが代償を2つも取られた次の次の日のこと。
私の部屋にあるテレビが自動的についたんだ。
そこから流れ出していたのは帝の声。絶対に忘れられない。
『フィーランのことはもうご存知ですね?まさか、あんなに早く挑戦する方が現れるとは思いませんでした。損害は大きかったようですが…』
そう言って帝はククッと笑いを漏らした。
きっと、零さんのことを言ってるんだ。
『フィーランは通常フィールドでも登場する今回のイベントボスです。
これは前代未聞です。イベントクリアはプレイヤーの方にかかっています。
フィーランの体力は50000。1体撃破で10減ります。頑張ってくださいね』
なんだかムカムカしてきた。
これ、みんなの部屋で流れてるんだよね?
なら、早く部室に行かなくちゃ!
「零さん!」
部室では零さんが一人でテレビを見ていた。まだみんな来ていないみたい。
「知ってる。腹が立つな。
今回のイベント参加券はフィーラン3000体撃破でフィールドに出現だとよ」
「じゃあ、今回は他の参加者に託すしかないってことですか?」
「ま、そうなるな。でも、俺たちも参加するぞ」
いつのまにか、夜一さんや霧崎さんたちも部室に入ってきていた。
「零さんは、今回のフィーラン退治に参加しちゃダメっすよ」
「は?だけど、フィーランが奪うのは両足だろ?俺は大丈夫だ」
「それは現在の段階っす。2回目は強制的に心臓の場合もあるっす。
そんな危険があるのに、零さんを戦わせるわけにはいかないっす。
別に社長に言われたわけじゃないっすけどね」
怖い顔をした零さんに負けじと夜一さんは思いっきり睨み返した。
夜一さんが怖い顔をしているところなんて見たことがないから、
霧崎さんと私も思わず震えちゃった。
まるで、そこだけ空気が違うみたいだった。
「わかったよ。無理すんなよ」
「ならいいっす」
夜一さんはさっきまでの怖い顔と低い声が嘘みたいに軽い声になった。
二人は本当の兄弟みたいだった。本当の自分をぶつけ合ってる感じ。
でも……
やっぱり、フィーランは前代未聞の強い敵なんだ。

その日の午後、授業が終わった後、私たちは各自で集まっていた。
茜君と雷射もいる。
零さんが見るからに残念そうなオーラ全開で口を開いた。
「調べたが、フィーランLv.15は前回の敵より弱いらしい。でも油断するな」
「「「「はい!」」」」
今回、2パーティ(8人)で行動することになった。
メンバーは夜一さん、茜君、私、霧崎さんが第一グループ。
第二グループは魔由ちゃん、雷射、宝来さん、正露さん。
正露さんはすごく爽やかな人。
しかも、宝来さんとは家が近所で仲がいいらしい。
こんな人がどうして、宝来さんと知り合ったのか……謎。

早速、マップに入った途端、フィーランとの戦闘画面に飛ばされた。
「相変わらず趣味が悪いよね。強制とか」
といいながら、茜君は早速フィーランを攻撃した。
でも、なかなかダメージが与えられていない。
うーん。夜一さんの攻撃も効かないということは、魔法が効くのかも?
「あの、霧崎さん、魔法の方が聞くかもしれません」
「あ、確かに。オッケー。使ってみるよ」
霧崎さんの魔法はなんと!フィーランに4000ダメージを与えた!
これで、フィーランの体力は半分。すごい威力だ。
私は…じゃあ、アクアルーレットを使おっかな?一応これも魔法だし。
「じゃ、僕も魔法使ってみるっす」
「俺も」
夜一さんはグルメという食欲を増やして、防御力を下げるという謎の技、
茜君はエンターフレイムという炎魔法を使った。
ここで、フィーランの体力がゼロに。
一方、宝来さんパーティでは、宝来さんが一人で敵を薙ぎ倒していた。
これもう、仲間の意味がないんじゃないか?ってぐらい。
「「「あはは……」」」
「うち、ほとんど出番ないわ。ソロで倒すな」
「じゃあ、俺たちは二人で組みましょう」
「あ、はい!」
というわけで、合計私たちは30体のフィーランを倒した。
この日はもうクッタクタ。
cpもたくさん集まったし、一石二鳥だった。
でも、まだまだ目標には遠いよね…
だって、3000体撃破だもん。明日も頑張らなくちゃ!
零さんはムスッとした顔で待っていたのは、言わないでもわかるよね?

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