わたしの小さな宇宙
「もうイヤだ・・・。」
日が傾き、自分の細長く伸びる影ですら憎らしく感じる。
進むのが怖い。
この先にあるのは、闇か安定した生活か。
先がわからない。これは夢追い人の宿命か。
夢という甘美な時間と
見えない先を追う苦しさと
天国と地獄のような精神状態を繰り返している。
じんわりとにじんで
ぼやけた靴をじっと睨んで足を止めた。
ぽたぽたと夕立ちのような音をたてて、
足元が見えなくなっていく。
今自分には足元も見えない。進む足が見えない。
先を見ることがぐっと遠ざかった。
「っ、もったいない・・。
せっかくいい涙が出てきたのに。」
突然目の前に大きな黒い影が立っていた。
人のような形はしていたが、人の姿は見えない。
大きな大きな影だった。
「お嬢さん。その涙一粒買い取らせてはくれまいか。」
影は少ししわがれたような声で恭しく言った。
私は、まったく声が出せないまま、
条件反射的にコクリとうなづいた。
「どうも。交渉成立ですな。」
影はニヤリと笑ってそう言うと、
透明にも七色にも瑠璃色にも見える
薄い布をどこからか取り出し、
濡れている私の頬に布をピタリとくっつけた。
布からじんわりと暖かさが伝わってきて、
不思議と心が落ち着いてくる気がした。
暖かい布が私の頬から遠ざかると、
影が持つ大きな布の上を
キラッと輝くしずくのような何かが
するすると布の上を滑っていくのが見えた。
輝くしずくは、
さらさらと気持ちよさそうに布の上を動きまわり、
いつの間にか影が手にしていた
小さなガラスの小瓶の中に吸い込まれていった。
ガラスの小瓶を覗くと、
吸い込まれそうな漆黒の奥深くに
蛍の光のようにぼんやりとした
瞬く光が見えた気がした。
「宇宙の底みたい・・。」
私は思わずつぶやいた。
「・・いい感をしている。」
影がそう話すと同時に真っ暗な宇宙に
一粒大きな金色の星が輝いた。
「きれい・・・。」
私がそうつぶやくと、
男は一粒浮かんだ金色の星に手をかざした。
「おお・・。予想よりも面白い金の星になった・・。やはりいい涙だ。」
影は満足げにそうつぶやくと、
小さな宇宙が広がる小ビンを大事に握って
白い封筒を渡しに向けた。
私は白い封筒をちらっと見て、
影の手の中にある小さな宇宙を覗き込んだ。
一際目立つ生まれたてのまっさらな金の星。
漆黒の中に浮かぶ金の星。
その瞬きを見ていると
頭の中がクリアになってくる。
閉ざられていた先を
また見ようとしても
許されるのではないかと思えてきた。
私は差し出されたままの白い封筒をもう一度ちらっと見た。
「あの・・それいらないので、その宇宙を私にください」
「・・・。何か見えたか?」
問いかけに私はただうなずいた。
「・・。いい感をしているなお嬢さん。」
影はそう言うと小さな宇宙を私に手渡し
金色に輝く鳥居の奥へと消えていった。
影に手渡された漆黒の小さな宇宙を見ると、
一粒の金色に輝く星の下には、
砂のように細かい色とりどりの星たちが
おしゃべりでもするように輝いていた。
暗闇の中に光るその星たちはとても美しかった。
積み重ねれば、一等美しい星になれるのかな・・。
にじんで見えなくなっていた足元も
今ははっきり見える。
まだ歩ける。
すっかり乾いた涙の跡を軽くぬぐって、
小さな私の宇宙をしっかり握りしめ家路を急いだ。
あたりはすっかり暗くなっていたのに、
私の目の前はとても明るく感じた。
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モデル:宮城県涌谷町黄金山神社(日本初の産金地)
御祭神:猿田彦命(導きの神)
夢追い人の前に立ちはだかる闇を照らす金の導きが現れるように。
祈りと悩みを織り交ぜて執筆しました。
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