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芋のつる

記憶と香りは結びついている。
ある香りを嗅いで思い出し、あるいは事柄から香りを思い出す。

場所は心斎橋にあった喫茶店。
クラシックがかかり、白いカバーの椅子は古いものだった。だからか、白いカバーの椅子を見ればコーヒーの香りを連想する。

そこは買い物の途中で休むのにちょうどいいお店で、シフォンケーキが美味しかった。
あの日も程よく席は埋まり、三々五々、昼下がりのひとときを味わっていた。だが不意に全員が同じ動きをし始める。

まず向かいに座る友の顔を見る。眉が上がり、すぐ眉間に皺がよる。少し笑いながら、隅の小部屋のドアに動きがあったか、入り口が開いたか視線を動かし、それから全員が足の裏を見た。

「ない」

全員が“確認“をし終え、テーブルの上に残ったものを片付けて退席し始めた。

………

場所は奈良県斑鳩町。
夕日を浴びながら法隆寺の西大門を出てしばらく歩いたのち、右手に現れる林道。

なぜそんなところに入ったのか。そこのところの記憶は抜けているのに、あの日の逆光で笑う彼らの顔と私の名を呼ぶ声はハッキリと思い出せる。

林からまたアスファルトに戻った私と友人の妻は、立ち止まり顔を見合わせ、ゆっくりと靴の裏を見る。

「ある」

古墳の側で小枝を使う我々を笑いながらカメラに収める友人たち。今はもう亡き友たちよ。

………

記憶は芋づる式に出てくる。
土の上にはちょいと葉っぱを覗かせているだけなのに、少し引っ張るだけで出てくる出てくる。芋の葉っぱはどこに生えているのか分からない。ふだんは気づきもしないその蔓に、足元とられて転けてしまう。


で、今、なんで蔓を引っ張ることになったかって?

ふふふ。

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