【自分】自意識に溺れないパワーを身に付けたい。
司馬遼太郎によれば、西郷隆盛さんは
「無私の精神」を極めた巨人だった。
自分の利益や欲望や主義主張を縮小し、
消去し、捨て去ろうとする
巨大なエネルギーでした。
流行りのミニマリストは、
主義・主張として
持ち物を捨て去る人たちですが、
「無私の精神」は、
自分の主義・主張も捨て去ろうとする、
清々しい魂のこと。
初期仏教的といいますか、
ブッダの悟りの教えに近いでしょうか。
だからでしょうか、
西郷隆盛にはどこか宗教的な
オーラがあるんですね。
「無私の精神」といえば、
吉田松陰もそんな気配を感じます。
「私のこと等どうなってもいいから
世の中の人を救いたい!」
作家・宮沢賢治も、無私の魂でした。
太宰治は自意識と無私の精神との間で
大きく揺れ動きました…。
西郷隆盛と同じ幕末でも、
坂本龍馬は無私の精神はあまり感じません。
颯爽とした彼に宗教性はない。
さらにもう一方で、
奉仕活動の巨人、マザーテレサには
「無私」は感じません。
彼女は、むしろ一貫して
「自分の信じる道」をどこまでも
つきつめた人に見えますね。
「無私の精神」がそもそも
素晴らしいものかはわかりません。
ただ、これだけ
自己発信や自己肯定が頻繁な時代。
自意識過剰にならないためには、
自己意識を消し去る無私のエネルギーが
もう少し必要かもしれません。