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編集者の「はじまりの一冊」は、帯コピーが全ボツに終わりました

「そんな帯じゃだめだ。書き直せ!」
それが、はじめて編集した本の思い出です。

※※※

誰にも「はじめて」があります。
はじめて学校へ行ったこと。はじめて問題が解けたこと。はじめて注文をとったこと。はじめて苦手なものが食べられたこと……

創作においても「はじめて」があり、作家さんにデビュー作が存在するように、編集者にも「はじめて編集担当した本」が存在します。

僕は昔から小説……特にエンタメが大好きだったので、入社時には創作読み物の編集者を目指していました。
残念ながら、新卒時の辞令は中四国地域の営業担当でしたが、
「広島で頑張りますので、編集として本社に戻ることになりましたら、YAなどエンタメ読み物の編集をさせてください」
と当時の社長に想いを伝え、「よし、分かった」と固く頷いてもらったのでした。

その3年後。
異動の辞令が出て、配属になった先は新書編集部
そう。僕は今こそ小説の編集をメインで手掛けていますが、編集者として最初に配属されたのは新書の編集部だったのです。

おい話が違うやないか、社長との男の約束はどこ行ったねんと思いましたが、会社員なのでそれはまあそれ。
ジャンルは違えど編集者として本を作れることが嬉しくて、なにか新書のネタはないかと考えていた時でした。

「アンパンマン」の生みの親である、やなせたかしさんのご訃報が飛び込んできました。

僕もアンパンマンで育ちましたし、やなせさんのことは昔から大好きでした。とりわけやなせさんの人生哲学を尊敬していて、献身を捧げることの尊さや、戦争を経験されたからこその生きる喜びなど、語られる言葉に感銘を受けていたのでした。

どうしてやなせさんの人生に詳しいかというと、営業時代に自社から出ていたやなせさんの半自叙伝的な本を読みこんでいたからです。
営業は自社の本の魅力を知っていて当たりまえ。出張先のホテルでいろんな自社本を読む中で、『わたしが正義について語るなら』というYA向けの本に出会い、何度も読み返していたのでした。

『わたしが正義について語るなら』は、やなせさんが直接語りかけてくれるような優しい筆致で綴られ、子供から大人まで幅広い世代が楽しめる本です。
元はYA向けの本として刊行されましたが、内容はしっかり骨太。やなせさんの半生、ご自身が考える「正義」、アンパンマンに込めた想いなど、まさにやなせさんの人生が全て詰まった一冊なのです。

「この本を、新書として出しませんか」

やなせさんが生涯をかけて考え抜いたことを、たくさんの人にもう一度伝えたい。
その想いで立案した新書化の企画。
それが僕の「はじめて」の本になりました。

ビギナーズラックで5万部売れました。リンク先は新装版

編集者としてすべてが初めての作業。上司に相談しつつ、手探りで編集を進めましたが、最も悩んだのは帯のコピーでした。

帯は本の魅力を言葉で伝える場です。本の顔でもあり、広告でもあります。
本の帯コピーは基本的に編集者が作りますが、それをはじめて手掛けることに緊張がありつつ、やったるぞみたいな意気込みもありました。

かっこよく。本のよさも伝えつつ。
意気揚々と帯を作り、最終確認のつもりで社長に見せたところ。

「そんな帯じゃだめだ」

ピシャリと言われました。
(当時の新書編集部は立ち上げ期だったので、社長直轄のチームとして細かな確認をしてもらっていました)

提出してボツになり。提出してはボツになり。
何度も書き直してはダメ出しをされた結果。

「今から俺がコピーを言うから、それでいきなさい」

そうしてできたのがこの帯でした。

だからはじめて作った本のコピーは、全ボツの末に社長に考えてもらったものなのです。恥ずかしい話でございます。

今だから白状しますが、その時の僕は「いや、自分のコピーのほうがかっこいいんじゃないか」など思っていました。
メモが残っていないので、どんなコピーを作っていたか分からないのですが、そんな生意気なことを考えていたことは確かです。

でも編集者を続けるにつれ、だんだんこの本のコピーが沁みるようになってきました。
本の本質をとらえていて、なにより最後の一文がいい。

〈やなせたかしはいつも優しかった〉
そう、この本のすべては「やなせたかしさんの優しさ」にあるような気がするのです。そしてこんな言葉は今も昔も僕には出せません。

当時の社長は児童書の大ベストセラーを多く手掛けた人で、伝説の編集者と呼べる存在でした。ワンマン的な気難しさを持つ方でもありましたが、その才覚はたしかで、僕が入社を決めたのもその魅力に惹かれたからでした。
僕が編集部に異動してからしばらくして現場から退かれ、今はお亡くなりになってしまったので、本づくりの指摘や指導を受けたのは、この『わたしが正義について語るなら』のみです。

あれから何年も経ちますが、この帯を見るたびに、社長の編集者としての凄さを感じます。
また、僕に残してくれた唯一の指導の跡でもあるので、最近この帯をぼんやり見返すことが増えました。

自己満足で帯を作っていないか
これくらいでいいだろうと妥協していないか
本の本質を拾い上げているか

編集者として忘れてはいけないことを、この本は僕に問いかけてくるような気がします。

※※※

あれから11年たって。
編集者として「はじめて」の一冊」の新装版を作りました。
やなせさんをモデルにした2025年の朝ドラ「あんぱん」に向けての復刊ですが、「正義」がどんどん不確かになっている今の世界に、間違いなく必要な本だと信じています。

新装版と旧版を見比べると、やっぱり自分はまだまだだなあと思います。
商業の編集者として小慣れてしまった感もありますし、当時の社長に見せたら「こんな帯じゃだめだ。書き直せ!」と雷を落とされそうな気もします。

それでも、これが今の僕に作れるベストの本です。

やなせたかしさんの人生が詰まった素晴らしい一冊で、僕の編集者人生の「はじまり」の一冊。
ぜひみなさんに読んでほしいですし、たくさんの人に届けられるように全力を尽くします。

そして僕自身も、もう一度編集者としてリスタートできるように。
これをあらたな「はじまり」の一冊として、編集者という仕事に向き合いなおしてまいります。

★★★

やなせたかし『わたしが正義について語るなら』

正義とは何で、正義の味方とはどのような人なのか。
戦争を生き抜き、国民的ヒーロー「アンパンマン」を産みだしたやなせたかしが、その半生を通じて向き合った「正義」のあり方とは。
混迷の時代に生きる勇気をもらえる、やなせ流の人生哲学。

※なお、15年前と今では会社もずいぶん変わっておりますので、この話は当時の出来事としてご理解くださいませ。
ちなみにそんなパワフルな社長のおもしろ面接の思い出はこちらです(鍵代わりに有料にしていますが、いちおう…)


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