「新・小説のふるさと」撮影ノートより『ミーナの行進』について思ったこと。
とても緻密な小説だと感じていた。
毎日の生活がエピソードの中に埋没する朗らかなたのしさ。逆にその緻密な世界が楽しすぎて、いざ小説の場所にゆくと何を撮っていいのかわからなかった。芦屋を往還すること数回、ようやく朋子の視点でこの町を歩けばいいのだと思った。
アンリ・シャルパンティエでクレープ・シュゼットを食べて、乳ボーロにフレッシー(プラッシー)。寒空の下、真っ青な空を見上げて開森橋のバス停からゆっくりと坂道を上った。
なんのことはない、自分自身が子供の頃、見知っていた神戸の街や幼少期の出来事がどんどん重なってくる。山手の中学とY中学。フレッシー動物園は諏訪山の動物園を思い起こさせた。芦屋ではないが再山(ふたたびさん)の山裾に洋館があったことも思い出した。
ベーカリーBって、ビゴーさんのところだろうか。流れ星の観測と金星台。芦屋市立図書館の打出分館は朋子がミーナの代わりに通ったところだという。こじんまりした図書館の書棚も撮らせてもらえるチャンスもいただいた。そして六甲の山火事。
こうして小説はどんどんと自分の「偶景」とかさなっていったが、小説世界そのものに迫る絵はなかなか撮れずにいたところ、この本の挿絵を担当していた寺田順三さんが助け船をだしてくれた。たまたま神戸のギャラリーで寺田さんが個展を開いていたのだ。会場でなかなかミーナの世界を表せないという僕に、彼は四つのマッチ箱をくれた。
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