自分の今のコミュニケーション力はどの位?
4年前に僕は脳幹出血で倒れ半年に渡り救命病院〜リハビリテーション病院に入院、退院後はリハビリテーションクリニックと通い、その間にWAIS(成人知能検査),CAT(個人的には注意力の診断と思ってる)など様々なことを踏まえての自分の思い。
今までかなりの知能検査とか認知機能の検証?とかしてきた。
集中力のテストや記憶力の検査、計算能力の確認とか(元々暗算は得意では無かった、そのための文明の利器、計算機)
不幸中の幸いとして知見とかそういった類は前のまま、でも自分は身体能力は著しく低く、左半身麻痺で右半身も機能的に低かった、日々のリハビリによって右半身の器用さなんかはかなり取り戻したはずだ。
けれども心肺機能はそれ程回復している感じはない。
この手の病気で後遺症がある人でも人それぞれ、やはり脳の病気、どこまで影響があるのかは色々と見てみないとわからない。
個人的にテストデータで認知力などは問題なかったようでホッとしている、また、これは理解力のほうではあるが、もともと物事の順番、道筋をある程度分かることができていると自負はしている、これがそのままなのは良かった(自負ではあるけど)。
このことを踏まえて自分の周りなど見てみる。
コミュニケーション力とか・・・。
自分が今、構音障害も持っているから今までの様にベラベラと喋れないし・・・。
僕の症状を知っている人はそれなりに対応してくれているから大体コミュニケーションは取れている、SNSとかでは話さず文字で会話しているからなおのこと。
脳のこの出血からの帰還をしてからそういった文献とか読んできてADHDとかのことについてよく目にするし、目を通してる。
先天性、後天性の違いとかもだろうけど。
たまたまクリニックで注意力とかそんな感じの(CATとかだっけ)テストしていた時に近くで工事してて、音がうるさくて過敏になってて疑われたこともあったようだ。
どこからが当てはまるんだろう?。
理解と認知。
似ているようで違うのも知れたのも今の状態になって調べたから、倒れる前に知ってればまた違う人との関わりが持てただろう。
今はその辺のこともちょっとは知識が増えているから。
職場の人間関係とか大変だもの。
それが各々の個性とは思っているけど・・・、生活環境もあるだろう。
個性でかたずけるか否か、
十人十色。
例えばドラマや映画、1時間2時間のストーリーでの話や人間関係の理解度、
これをただ「見てる」のか「観てる」のかでも違う様に思う。
「見てる」人に話とか人間関係を聞いても、内容が理解出来ていない。
「観てる」人はストーリーなどが出てくる。
この違いを理解ととるか認知ととるか僕には分からないけど。
想像力の点でもそういったことを思う、出来なかったから仕方がない。
それで完結してしまう人もいるかもしれないけど、確認をしていないのにそうだ!と決めつける、こうだろう?とか自分の持論を主張する、結果として無駄が生じることが僕には歯痒い。
性格でかたずけるかどうかもあるけど、深く探究してみたい気もある、自分がそういったテストなどをしてきただけに・・・。
今の僕は、倒れる前と同じ性格、知力、理解力は自分ではあると認識しているのだけれど、第3者から見るとどうとらえられているだろう?。
構音障害故により返答が途切れ途切れ、言語聴覚士の人など僕のことを知っている人はそれなりの対応がわかってるから、それほどの苦労はないけど。
例えばスーパーなんかのレジとかカウンターでのやりとり。
初対面。
そこへ行くまでの工程で普通の移動ができていないであろうことが垣間見れるから(杖をついて歩くのも大変、息も上がってくるから)それなりの対応をしてはもらえる。
但しどこでもそんなことはないだろう。
SNSなどではけっこう頻度が減っているのもあるけど、今までとあまり変わりない対応ができている(自分でそう思ってるだけだけど)。
今の自分に足りないのは無駄話ではないだろうか?、ストレスがあるってのではないけど、普段の他愛もない会話が激減しているのは事実だろう。
日常生活の中で昨今の社会事情や、休職〜退職、普段の関わる人が激減した、当然ながら会話の機会が今までよりも少なくなってしまうのは当然だ。
家族とだけ話していることが多い、そんなシチュエーションで無駄話できるだろうか?。
今までなら客先に行って、初対面の人とのコミュニケーションを経て新しい仕事をとるとか、実作業とかできたのだけれど、こういったことが今の僕には皆無だ。
今の感じ、座ったままだと息の上りはないから応答も問題はなさそう。
けどクリニック前で車から降車して血圧計測までの数歩の移動で息が上がってくるのが気になるところ、色々と心肺機能のトレーニングをしているのだけれど・・・、4年も経ってるのだが・・・。
厨二的な考えだがガンダムのニュータイプみたいに精神的に会話出来たら不自由な事は無いだろうけどおとぎ話の範疇(はんちゅう)だ。
結構もどかしい。
元々、人との関わりとか好きな性格だったが故に今の状態が非常に残念な感じ。
もっと色んな人と話したりしたいが、今度は自分のフィジカルがこと問題になってくる。
歩行に関しても400~500mが精一杯、それもほとんどが付き添いあり、公共交通機関とか今の感じではありえなさそう。
今の感じだとリハビリをして少しずつ心肺機能を鍛え、息の上りを抑え、なおかつ1人で買物などが出来る状態を構築することが大事なのだろう。
劇的な改善が見られないからボチボチとだな。
あぁ、対面で無駄話がしたい。
今ならどの内容でも無駄話ができそうだ。