いま、保護猫業界には資本主義的発想が必要だと思う。
ポスト資本主義が浸透してきたことにより、「資本主義は良くない」という短絡的な風潮も頻繁に見られるようになってきた。個人的には、山口周さんが唱える「高原への軟着陸」の考え方がしっくりきているので、そのビジョンと自分の人生をどう融和させていくかが最近のテーマです。
資本主義とは縁遠い保護猫業界で毎日仕事をしていますが、僕の中ではこのふたつは切り離されていなくて、むしろ「未成熟である保護猫業界が前に進むためには、資本主義のエッセンスを積極的に取り入れるべき」とさえ考えています。今回は、その根拠のついて詳しくみていきます。
保護活動の「自続性」
まず、neconoteが常々唱えている「自続可能性」。これは、永く猫を救い続けるために絶対に必要です。金儲けではなく資金繰りとしてのビジネスを適度に取り入れることで、代替わりが起こっても保護猫活動が続いていくエコシステムを構築することができるはずです。
気づきはじめてる方々も増えてきている印象ですが、実装できている団体/個人はまだまだ少ない。そのためのneconoteなので、伸びしろだと捉えています。
分業制(連携による専門性の向上)
熊本や八潮(埼玉県)などではすでに、地域内連携する動きが現れはじめています。一部の伝統工芸では、工程ごとの専門家が連携しひとつの「作品」をつくりあげていきます。それにより、各自の負担(対応範囲)を最小限にとどめつつ、各々の専門性を高めていくことができます。
保護猫活動でいえば、保護→管理→譲渡の工程ごとに専門家/団体を設けることが理想といえます。しかし、すでに各団体が一気通貫で行っているので「専門家/団体」という形態は難しいはず。なので、連携チーム内での「担当」とするのが妥当な気もしますね。(ある団体は、団体内で分業制にしてそれぞれのスキルを活かしあっています)
保護猫活動の現状を例えるなら、農家さんの直売所のような状態。農家さんはあくまで生産者(職人)なので、多くの場合、直売所のクオリティは限定的なものになってしまいます。きっと保護猫業界でも同じことが起きている。全工程をひとり(1団体)で行えばリソースが分散してしまうのは当然です。力不足でもなんでもなくて、当然。だからこそ、より多くの猫を救っていくためには団体間の連携が必要なんです。
「悪」とされる方々の気持ち
悪徳ブリーダーやペットショップの方々(特に経営層)は、動物が憎くていまの事業をおこなっているわけではないはずです。最初は純粋な動物への愛からはじまり、いつしかお金に目が眩んだりいろいろな縛りが生まれてしまい首が回らない状況になっている方がほとんどのはずです。
であれば、このまま市場の成長に供給を追いつかせていくのではなく、成長速度を緩めたり、いき過ぎてしまった部分は縮小をしたりしていくことで、動物福祉を配慮した営業形態に移行していけるのではないでしょうか?
(大前提、僕も怒りを覚えることがあるので自戒を込めて言えば、)自分の考えと違うからといって無碍に批判しては「ケンカ」になり、資本力のある方に白旗が上がる。感情のままに行動するのではなく、冷静に、相手の気持ちや行動理論を理解した上で寄り添っていけば、結果的にお互いにとって良い方向へ向かっていけると僕は考えています。
そのためにはまず、各団体の「余裕」をつくらないと。それは、心の余裕であり、お金の余裕であり、身体的な余裕でもあります。そうした多角的な支援を行うサービスが『neco-note(ネコノート)』。興味のある保護猫団体さん、支援者さんがいましたら、お気軽にご連絡ください。
問い合わせ先:https://lin.ee/28GDhKO
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