異形ハロウィン2023
今年もあいつが来る――
僕はウエストポーチに大量の金平糖を詰め込み、玄関とキッチンの間で待機していた。
一昨年は玄関から来た。去年は台所の換気扇から入ってきた。
毎年手を変えて侵入してくることは分かったから、どこから襲われても大丈夫なように、既に右手を金平糖の中に突っ込んでいる。
しかしこのとき僕は、ひとつの失態を犯していた。
わずかな過去のデータに甘え過ぎていたのだ。
毎年ぬちゃぬちゃだなんて、誰が言った?
誰も言ってない――そう気づいたときにはもう遅かった。
居間の方へ振り返ると、ベランダへの掃き出し窓、少し開いたカーテンの隙間から、正統派フランケンシュタインがこちらを見ていた。
しっかり実体のあるソレは、青黒い腕をおおきく振りかぶって、いまにも窓を叩き割らんとしている。
金平糖をチョイスした今朝の自分を殴りたい。
こんな、2メートル近い巨体に、この小さなつぶつぶが効くのか……!?
「うわあああああ!! やめろ、割るなああああッ!!」
僕は半狂乱になりながら窓を開け、めちゃくちゃに手の中のものを投げつけた。
しかし案の定、筋骨隆々の肉体はピチピチと小粒の金平糖を弾き返していく。
「ヒュゥゥゥゥ――ヒュウゥゥゥ――……」
声帯を失っているらしいフランケンシュタインは、口という名の大穴から空気を出し入れしながら、ゆっくりゆっくりサッシをまたいで侵入してくる。
腐臭が部屋に立ち込める。僕は敗北を予感する。
なんで毎年毎年、世の中が仮装に浮かれている日に、僕は異形と戦わなきゃいけないのか。
泣きそうになりながら、ウエストポーチの隙間に入った金平糖をつまんで、力なく投げる。
一歩引いて、すくっては投げる。フランケンシュタインは遅い。僕の後退に合わせて一歩進んでくる。臭い息を吹きかけて。
「もう嫌だぁ。帰ってくれ。君は人間の言葉が通じそうだからぶっちゃけて言うけど、僕だってハロウィンを楽しみたいんだ。君だって生前は、ご家族と一緒に楽しく過ごしたんじゃないか? 思い出してくれよ」
ぴち、と当たった小粒が床に落ちるのを、フランケンシュタインは見ていた。
ヒュゥヒュゥと喉を鳴らしながら、きらめく金平糖だらけの床をじっと見つめている。
これはもしかして、言葉が通じているのか?
僕の言葉を聞いて、なにか考え直してくれているのか?
僕はジリジリとあとずさりながら、台所の棚を探る。いま家にある最も殺傷能力が高いものは、これしかなかった。
「ざらめ。ざらめおせんべい! 日本のトリートだよ! ほらよく見」
「グァァァァァァァッ!!!」
「うわああああやっぱりそうなるよねクソーーーー!!」
大判ざらめせんべいを顔に垂直に叩きつける。
せんべいが弾けるのと同時に、顔の縫い目がぱっかり割れた。
「来るなぁ! 来るなぁっ!」
床に散らばった金平糖を集めて、割れた傷口に向かってひたすら投げる。
……と、縫い目からどろどろとあふれてきた黒い血液が巨体を飲み込み、例年通りのぬちゃぬちゃした異形に様変わりする。
「もーーーーぉ! 毎年恒例感出すのやめろぉぉぉぉ!!」
ぬるついた異形が、床の金平糖を取り込みながら僕めがけて一目散に迫ってくる。
安物の蛍光灯の光を浴びて全身がきらめくぬちゃぬちゃなんて、最低最悪の存在だ。
「毎年恒例感を出すならなぁ、お前の急所も知ってるんだぁぁああよッッ!!」
ぬるぬるの頂上に盛り上がってきた目玉に、もう一枚のざらめせんべいを叩きつけた。
「ヴァァァァァァァァ――!」
異形が雄叫びを上げながら、エアコンの隙間に吸い込まれていく。
数秒か、あるいは数十分だったか。
僕は尻餅をついたまま呆然としたあと、異形をやっつけたのだと理解した。
「……やった、のか」
いつの間にか腐臭は消えていた。
床に散らばったぶどう味の金平糖が、ほのかに香っている。
ほんとにやめてほしい。二度と来ないでほしい。
なぜ毎年こうなるのか分からないが、もしここが異形の通り穴かなにかになっているのなら、引っ越しも検討する。
2024年以降の10月31日はもう、絶対に、和菓子を無駄にしたくはない。
そういう前振りではないのだ。
(了)
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