作家犬と影武者の僕13 あした、じゅんすた村が始まる
僕が飼っているフレンチブルドッグのぷうは、ミステリー作家だ。
犬が書いているのだとばれたら困るので、僕は影武者役として、出版社のひとと打ち合わせなどをしている。
夏も盛り、なんて言ってしまいたくなるほどに、連日暑い。まだ七月の半ばだというのに。
パソコンに向かってぺちぺちと肉球を叩きつけていたぷうが、ふと手を止めた。
「おい。じゅんすたがまた、酔狂なことを始めるようだぞ」
「酔狂……? ではないと思うけど。『じゅんすた村』でしょ?」
「妙なイラストにおれの後ろ姿が入っている」
「僕たちも登場するからね」
ぷうの目がじわじわと見開かれる。
僕がそっと真相を教えると、ぷうは短い前足を机に投げ出し、突っ伏してしまった。
友達のじゅんすたさんが、『noteメンバーシップ』という有料コンテンツを始めることになった。
月額制のサブスクで、会員限定記事が読めるというものらしい。
「普段は語っていない執筆の裏話とか、勉強でやってみたこととかを、動物の村人たちと一緒に話すんだって」
「訳が分からんな。ひとりでやればいいものを」
「そうかな? たくさん登場人物がいた方が楽しいかもしれないよ」
「そのために村を作るというのが酔狂だと言っているんだ」
ぷうはうなだれているけれど、僕はちょっと楽しみだったりする。
なぜなら、僕たちが『月報』を担当することになっているからだ。
「どんなコンテンツがあるか、聞きたい?」
「……言ってくれ。何も知らずに巻き込まれるのは御免だ」
「じゅんすたさんから聞いたところによると……」
「僕たちは『月報』の担当だよ」
「何? ばかを言うな。おれの月末はたいてい、何かしらの締め切りに追い詰められているんだ。タスクを増やすな」
「一年間限定だからさ。ね?」
そう。じゅんすた村は、2023年7月まで公開される『幻の村』らしい。
「それにほら、じゅんすたさんから早めのお中元も届いてるし」
そっと、机の上に箱を置く――犬屋吉信のカリカリ和三盆セットだ。
ぷうは先ほどとは違った意味で目を見開くと、優雅な意匠の箱から視線を逸らさないまま言った。
「……もう少しだけ説明しろ」
「えっとね、じゅんすた村は、プランが三つあるらしいんだ」
「見たいものに合わせて選べるってことだね。あ、じゅんすた村に小説は無いらしいから、小説だけ読みたいひとは無料noteで大丈夫みたいだよ。……って、ねえ、ぷう」
僕の話を聞いているのだろうか。
むつかしい顔のまま犬屋吉信の箱を見つめて、そのくせ尻尾のふりふりが止まらないけど。
「ぷう? 聞いてる?」
「もう分かった。問題ない。じゅんすたの月報など大したものではないだろうし、適当に載せる」
「ええー? ちゃんと新情報とかあるらしいよ? ツイッターとかにはまだ書けないけど、じゅんすた村のひとにだけ先に公開する話とか」
「ラジオなんか誰が聴くんだ」
「初回は『八日後、君も消えるんだね』の執筆裏話だって」
……全然興味なさそう。
仕方がないので、箱をぷうの方へ寄せる。
と、じゅんすたさんからのお手紙がはらりと落ちた。
「あしただと!?」
「大丈夫。僕たちがしゃべることのメモもちゃんと入ってるから」
「くそ……今度会ったら歳暮も請求するからな」
そして僕らは、光り輝く和三盆と対面する。
(了)