作家犬と影武者の僕3 ネット禁明け
僕の飼い犬、白いフレンチブルドッグのぷうは、ミステリー作家だ。
細々と投稿していたネット小説が注目されて、去年の春にデビューした。
僕はその影武者で、犬が書いているのだとばれないよう、打ち合わせに行ったりする――気が弱いので、毎回胃が痛い。
からりと晴れた空。天窓を開けると、室内にゆったりとした新鮮な空気が入ってきた。
梅雨の晴れ間。僕は少し気分がよくなる。
隣に座るぷうも、きょうはなんだかのんきな表情だ――大体いつも、むつかしい顔をしているのだけれど。
「ぷう、なんか機嫌よさそうだね。いいことあった?」
「ネット禁明けだ」
「ああ~、なるほど。それはすっきりだね」
ぷうはたまに、数日間インターネットを遮断する期間を設ける。
彼はそれを『ネット禁』と呼んでいて、頭がごちゃごちゃしたとき、こんがらがったときなんかにやると、脳がリフレッシュされるのだそうだ。
「どうやってネットなしで小説を書いているの? 調べたいときは?」
「ひとつのものごとにつき、1分間だけネットを繋ぐ。1分もあれば必要なことは見つかるから、それで十分だ」
曰く、プライベートブラウザで、お気に入りのサイトなどが一切目に入らない状態にするのが、頭をごちゃつかせないコツらしい。
「それにしても、今回、禁断症状少なくなかった? ネット禁してるの気づかなかった」
「ああ、そうだな。魔の4日目がなかった」
何かをやめるとき――インターネットも犬用ジャーキーも――最もきついのが、4日目にくる禁断症状らしい。
ぷうが発狂寸前で頭をがしかし掻くのは毎度のことで、その様を見て『あ、ネット禁中か』と知るわけである。
ぷう曰く、ネット禁の不思議なところは、4日目の禁断症状を通り過ぎると、すーっと全ての欲が引いて、頭がクリアになるところなのだという。
そこがすっきりポイントのひとつでもあると言っていたのだけど、今回は、なんの苦しみもなく、インターネットをやめ続けている感じがしたのだ。
ぷうも、短い首をかしげる。
「なぜか、なんの苦しみもなかった。だから、劇的な変化はなかったんだが」
ぷうはそこで一旦言葉を切ると、気恥ずかしげに、デスクの上に積んだ本を見た。
「3冊併読していた……」
「すごい! やった! 憧れに近づいたじゃない!」
「あ、ああ」
ぷうは本を読むのが遅いことをいつも気にしていて、なぜか、併読する人間への憧れが執着めいてさえいたのだけれど。
「執筆に近い感覚だった。小説を書く気晴らしに別の小説を書くのと同じように、読書に疲れたら別の本を読んでいた」
「へえ、不思議なこともあるんだね」
ぷうはリラックスした表情で机にぺたりと伏せ、うとうとし始めた。
外はいつの間にか日が陰っていて、洗濯ものを取り込まないとまずそうだ。
「タオルケット、乾いたと思うよ」
もこもこの布地に顔を擦りつけるとき、ぷうは少しだけ、犬らしくなる。
(了)