作家犬と影武者の僕8 怪我
我が家のフレンチブルドッグは、駆け出しのミステリー作家である。
名前はぷう。四歳。オス。
もちろん、作者が犬であることは内緒だ。
僕は影武者として、ぷうの代わりに打ち合わせに行ったり、編集者さんとやりとりしている。
「お大事にどうぞー」
僕はぷうを抱えて動物病院を出て……五秒後に泣いた。
「ごめんね、ごめんねぷう。大事な前足を怪我させちゃって。僕が、僕があんな、僕が……っ」
「もういい、泣くな」
ぷうはため息をつき、曇天の空を見やった。
左前足にぐるぐると包帯を巻き付らけれるその姿は、痛々しい以外の何ものでもない。
二時間ほど前、ぷうと一緒におはぎを作っていたとき、僕がうっかり落としたすり鉢を、ぷうが踏んづけてしまった。
そのままぷうは滑って転び、すり鉢の細かな溝で肉球の表面を傷つけてしまったのである。
「大した怪我じゃない。血も出ていないし、ちょっとささくれただけだというのに」
「だって、ぷうは前足を怪我したら、小説が書けないじゃないか!」
「大仰な奴だな。片足で十分だ。それより、早く担当者にメールを送ってくれ。無用な心配をかけてしまった」
日程調整のメールを書いている最中に事故が起きたので、『怪我をして病院にいます。また連絡します』とだけ送ったきりになってしまっている。
タクシーに乗り込むと、ぷうが僕の鞄からパソコンを取り出そうとする。
「こら、ぷう。パソコンはおもちゃじゃないんだから」
「わぅ」
他の人の前では犬らしく振る舞うことを徹底しているので、運転手さんには、犬が慣れない病院で興奮しているように見えているだろう。
ぷうはケージに入れて、返信は僕が書くことにしたものの、うまく書けない。
ウーウーと小さくうなる、非言語的な添削が続く。
ついに見かねたらしいぷうは、ケージを開き右前足だけ出して、片足でキーボードをぺちぺち叩いて、自分で送信した。
「面目ない……」
「くぅん」
ぷうは落ち込む僕のひざを肉球でふみふみし、ケージの中に戻っていった。
丸っこい目は『大丈夫だぞ』と励ましてくれているようで、……飼い主の僕の方が慰められちゃうなんて、情けない。
タクシーを降り、あえてケージに入れず、抱っこして家に向かう。
ぷうは眉間にしわをを寄せていたけど、ちょっとうれしそうだった気もするし――いや、元々顔にしわが寄っている犬種だけど。
「しばらくはお休みしてね」
「本でも読むかな」
ぷうは定位置の席に着き、パソコンでKindleを開くと、右足でキーボードを操作し始めた。
「しばらく散歩に行かなくて済むのがすばらしい」
そんなことをつぶやきつつ、むつかしい顔をしながら、難しそうな本を読んでいる。
早く元気になってね、ぷう。