作家犬と影武者の僕11 友達のこと
我が家のフレンチブルドッグ・ぷうは、駆け出しの作家である。
もちろん、作者が犬であることは内緒で、僕は影武者として執筆しているふりをしている。
散歩嫌いのぷうが、桜を見に行こうと言いだした。
ぷうは思っていることがあまり表情に出ないタイプだから――真顔か、眉間にしわが寄るくらいだ――少し心配していたのだけど、深く気分が沈んでいるわけではないのならよかった。
先日、ぷうの友達のハリネズミが亡くなった。
3歳9ヶ月、ハリネズミとしてはけっこう長生きだったと思う。
「ほら、すごいよ土手沿い。満開だ」
橋の上で抱っこして見せると、ぷうは何も言わず、じーっと景色を眺めていた。
「……落ち込んでる?」
「いや。なんというか、晴れやかな気分だな。いい季節に旅立ちを見送れて、よかったと思っている」
あの晩、友達の異変に気づいたのは、ぷうだった。
ぷうが大声で名前を叫んでいるのを聞きつけて、僕が抱き上げると、体がかなり冷たくなっていた。
呼吸も弱く、ぐったりして反応もにぶい。
慌ててストーブの前に行き、ぷうのお腹と腕で包んでもらって、一生懸命温めた。
30分ほど腕の中に包んでいると、少しずつ呼吸を取り戻してきたので、ふたりで励まし続けた。
亡くなる15分ほど前、友達が大きく動いて呼吸をし、おしっこをした。
頑張って生きていると思った。
僕はびちゃびちゃになったぷうのお腹を拭き、ぷうは抱っこで温め続けた。
少しずつ呼吸が弱くなっていく。前足の間に人差し指を入れてみたけれど、心臓の動きがほとんど感じられない。
それでも、完全に目を閉じてしまうまで温め続け、友達は、眠るように去っていった。
最期をぷうの腕の中で過ごしてくれて、よかった。
もしも、僕たちが気づけないまま、ケージのなかでひっそりと亡くなっていたら、ぷうは自分を責めたかもしれない。
看取れてよかった。僕たちが気づくまで頑張ってくれて、ありがとう。
ぷうの誕生日まで待ってくれて、ありがとう。
桜を見つめるぷうの目を見つめながら、そう思った。
「ほら、ぷう。お気に入りの高級カリカリ和三盆を持ってきたよ。一緒に食べよう」
土手に降りて、桜の木にもたれながら、ふたりでおやつを食べた。
「犬は勝手だ」
「……? なにが?」
「おれはゆるやかに輪廻転生を信じていて、今世で人に親切にして、来世もよい犬生を送りたいと思っている。だが、友達が死んだときはいつも、そのままの姿で空の上でいつまでも遊んでいて欲しいとか、見守っていて欲しいとか……そんな都合のいいことを考えるんだ」
難しい顔をするぷうを、僕は笑いながら撫でた。
「ふふ。みんなそんなもんだよ。守護霊を信じたり三途の川を信じたり、みんなね、そんなもん」
「そうか」
こちょこちょと首の下をなでると、ぷうは緩慢な動きで、必要最低限よけた。
人用の和三盆を口に放り込む。
滑らかな砂糖が、舌の上でほどけてゆく。
僕たちはいつまでもいつまでも、桜を見ていた。