なぜ、いつものバスに誰も乗っていないのか

 昨晩は、調子に乗りすぎた。
 2:00過ぎまでレベル上げは、やりすぎだったと思う。
 絶望的な眠さの中、ぼんやりと制服を着て、ズルズルと体を引きずりつつ、バス停へ向かう。
 寝不足に加え、ぽかぽかとした春の陽射し、そして花粉症の薬。
 春眠暁を覚えずとはこのことか……とか思いながら、バス停に着いた。
 しかし、誰も並んでいない。
 スマホを見ると7:44で、1分後にはバスが来るはずだ。
 なのに、誰もいない。
 そして少し遅れてやってきたバスにも、誰も乗っていなかった。
「あれ……」
 小声でつぶやきつつ、行き先を見る。
 大丈夫。『小早川高校前』に停まる、いつものバスだ。
 不審に思いながら乗り込み、何となく居心地が悪いなと思いつつ、真ん中あたりの席に座った。

 次のバス停でも、その次のバス停でも、誰も乗って来なかった。
 停留所に誰もいないので、停まることもなく、素通りしていく。
 さすがに変だと思い、赤信号のタイミングで、運転手に尋ねる。
「あの、すいません。このバス、小早川高校に着きますよね?」
「着きますよ」
 ……とぶっきらぼうに答えるこの人は、いつもの無愛想なおじさんだ。
 うっかりSuicaの残高がなかったりすると無言の圧をかけてくる、かったるそうな。
「あの、他の人全然いないですけど……」
「発車するんで座ってください」
 ぴしゃりと言われてしまい、すごすごと席に戻る。
 眠すぎて夢でも見ているのだろうか。
 いや、どう考えても現実だ。
 窓の外を見ると、普通に人は歩いているし、車も走ってる。
 むしろ、こっち車線は渋滞気味で遅れているくらいだ。
 人類が急に消え失せたとか、そういうわけじゃなさそう。
 ならば、なぜこのバスには、俺しか乗っていないのだろう。
 いつもなら座席は全部埋まっていて、立っているひとが5〜6人はいるし、これが始業に間に合うギリギリのバスなので、これに乗らなければ遅刻なのだ。
 ……と考えたところで気付く。
 もしかして、ダイヤが変わった?
 しかし、降車ドアの上に貼ってある時刻表は、いつも通りだった。
 当たり前だ。
 きのうもこのバスに乗ったのだし、もしダイヤ改正をするなら、4/1タイミングで切り替えるだろう。
 こんな中途半端な、4月中旬にやるわけがない。
 他の公共交通機関はどうだろう。
 ツイッターを開き、最寄駅を検索した。
 しかし、誰もいないなんて書いていないし、異常なことが起きている様子もない。
 じわじわと、嫌な汗をかいてきた。
 夢だったらいいのに、または誰か乗ってきてくれ。
 しかし、次のバス停にも人は並んでおらず、停まることなく過ぎていく。
 考えろ、なぜ誰もいない?
 詰まり気味のこちらとは裏腹に、反対車線はすいすいと流れている。
 と、その時。別のバスとすれ違った。
「乗ってる……!」
 向こうのバスには、いつも通りの混雑で、普通に人が乗っていた。
 バクバクと心臓が鳴る。
 このまま、俺だけ変な世界に連れて行かれたりして。
 この無愛想な運転手は、実は地獄へ運ぶ妖怪か何かで。
 なんておかしなことを本気で考えてしまう程度には気が動転していて、でもふっと気付いた。
 もしかして、バス会社のホームページがハッキングされて、ダイヤ改正の偽情報がばらまからているのかも?
 それを見た人たちが勘違いして、乗っていないのかも知れない。
 スマホを取り出し検索してみる。
 しかしわずかな希望は、平和そのもののトップページによって打ち砕かれた。
 お知らせ欄には『現在、遅延しております』とあるだけ。
 そんなことは知ってる。
 現に、詰まったり進んだりを繰り返しているんだから。
 ……と思ったところで、急にこちら車線が流れ出した。
 どうやら、工事渋滞だったらしい。
 誘導棒を振る警備員の横を通り過ぎ、2車線になると、前後の車がバラバラと離れていく。
 すると目の前に、同じバスが並んだ。
「あ……っ!」
 このバスに人が乗っていないのは、当たり前だった。


「あはは、アホくさ」
 数分のタッチ差でホームルームに遅刻した俺は、昼休み、友達にバカにされていた。
 自分だってバカだと思う。
 地獄行きのバスだなんて、いくら眠かったとはいえ、小学生の発想かと。
 2台続けて並んだバス。
 俺の方は誰もいなかったけど、前のバスは、乗車率250%って感じのぎゅうぎゅう詰めだった。
 要するに、前のバスがめちゃくちゃ遅延していて、みんな慌ててそちらに乗っていったのだ。
 そして、その直後にほぼ定刻で来たバスに乗ったのは、俺だけだった。
 前を走るバスが、次のバス停の乗客を飲み込んでいく。
 そして、その直後を走る俺のバスは、誰もいない停留所を次々素通りしていく。
 遅延してるから、目視で誰もいなければ停まらない。
「よかったじゃん、朝から優雅な貸切バス通学」
「うるせえよ。無理して前のバスに乗った奴ら全員間に合いやがって。くそ」
 眠い、眠かったせいだ。
 レベル上げがダルいダンジョンに手こずったせいだ!

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