異形ハロウィン2024

 僕のアパートにはなぜか、毎年ハロウィンの日にぶにゅぶにゅのバケモノが出てくる。
 昨年の11/1の朝、腐臭漂う室内から晴れ渡る青空を見て、本気で転居を決めた。
 なのに、不動産サイトを毎日眺めても、良い物件が見つからない。
 絶対に引っ越した方がいいと頭ではわかっているし、条件のよい物件も何度も見たのに、なぜかそこに住みたいと思えない。
 不動産屋めぐりで深夜になることもあったけれど見つからず、1年が経ってしまった。
 そして本日は10/31――ハロウィンである。
 さわやかな朝の目覚めのシャワーを浴びようとしたところで、当然のごとく、灰色のぶにゅぶにゅがそこにいた。
「ああああ、アメリカンパーティーナイトの催しの日に出てくるのやめろおおお!!!」
 風呂の排水溝から出てきたらしいが、攻撃を仕掛けてくることもなく、ただ風呂場でぶにゅぶにゅしている。
 あいさつのつもりだろうか?
 お久しチッスみたいな感じで1年ぶりの再会を喜んでいるムーブなのだとしたら許せない。
「早く目出せよおらおらおら! 今年も用意してやったぞ!」
 と喚きながら腰が引けているのは自分でも承知だ。
 何年やったって、バケモノの恐怖には生物的本能が勝てない。
 しかし負けるわけにはいかないから、1年かけてたどりついた答えを手に取る。
「今年はなあ、あのなあ、殺傷能力高いんだぞ。日本初のハードキャンディー・有平糖だ!」
 そう、しましま模様をねじった可愛い形の飴が、今年の武器だ。
「ヴヴヴ…………ヴ……」
 バケモノは怯んでいるのか、ぐねぐねしつつ後ずさっている。
「ははは。やっぱりな。僕はこれまでのお前の動きを分析して分かったんだ。お前は、【体の中に異物が入ると、弱くなる】!」
「……ヴッ」
 昨年僕は、金平糖を用意した。
 フランケンシュタインに擬態して筋骨隆々状態のときはまるで効かなかったが、その後ぶにゅぶにゅになって床に落ちた金平糖を体に巻き込んで全身がキラキラと輝く最低最悪のバケモノになった結果、弱点である目を出した。
「最終的にダメージを与えたのはざらめせんべいだったけど、あれは最期のオマケみたいなものだったんだ。本当は、体に異物を取り込んだ時点でお前は弱体化していた。その前の年も、その前の年も、お前が逃げたのは、僕が投げた和菓子が砕けて体に入ったからだろう!」
「ヴ……ッ」
「くたばれバケモノ! ハロウィンの悪夢はひと晩で終わらせる!」
 朝だけどな! と思いながら有平糖を手のひらいっぱいに掴み、投擲の構えを見せる。
「まさかお前と人語でコミュニケーションが取れる日が来るとは思わなかったけど、残念! これで終わりだっ!」
 渾身の力で有平糖を投げつける。
「ヴァァァ――――!」
「やった!」
 全身にキュートな飴を浴びたバケモノは、ぶにゅぶにゅともがくほどに、体の中に飴を取り込んでゆく。
 排出しようとしているのか、激しい動きでぶにゅぶにゅしている。
「はははは! さあ、目を出せ! 刺すものはなんだっていいんだ。別に和菓子じゃなくてもとどめは刺せるということも証明してやる」
 クイックルワイパーの柄を構える。
「さあ、来い!」
 と言って僕が臨戦態勢に入った、そのときだった。
「ヴァー」
 と間抜けな声を出したバケモノは、ぽろぽろと有平糖を体から出した。
 やや溶けて灰色と混じった残骸が、風呂場の床に広がる。
「な、なんでだよ!? なんで!? とりゃっ!」
「ヴァー」
「くそ、もっとだ!」
「ヴぁー」
「もっと!」
 泣きそうになりながら投げ続けて気づいた。
 もしかして、全然効いてない?
 長々披露した推理も、全然違う?
 僕は悲しくなってきて、脱衣所の床にへたりこんだ。
「おまえ……もう。なんなんだよ。毎年出てくるし。僕はなぜか引っ越せないし。お前は僕のなに。なんなの」
「ヴァー」
「……なんだよ。同情か?」
「ヴぁー」
「はあ。楽しかったかよ。慌てふためく僕を面白がってるのか?」
「ヴ」
「……もしかして、友達になりたいのか?」
「ヴ」
 風呂場の床で完全に溶けきった灰色の飴の汁を、じっと見る。
 いままで僕に襲いかかってきたのは、もしかしたら、コミュニケーションのつもりだったのかもしれない。
 だとしたら……まあ、年に1回くらいなら……。
「じゃあ、えっと、友達になる?」
 と言って手を差しだそうとした瞬間。
「ヴァアアアァァァ――!!!」
「ぎゃああああああ!!!」
 床の汁を取り込んだ化け物が巨大化して、風呂場の天井までを満たす。
 そしてめちゃくちゃ襲いかかってくる……!
「タイミングよく偶然会話っぽくなってただけの気がする全然人語通じてなぎゃああああああ!!!」
「ヴヴヴァアアア――!」
 1年かけた推理も全然当たっていないし、会話だと思っていたのも、壁に向かってしゃべっていたようなものだったのだ。
「やめろやめろやめろ!」
 鼻先まで迫られて、いよいよダメだと思いながら、最後のひと粒の有平糖をぶにゅぶにゅの腹に押し込んだ。
「グァッ…………」
 触れるのは初めてだ。
 ぬるいような冷たいような不思議な温度で、それでいて、めり込んだ指先が燃えるように熱い。
「ここらへんだろ、目。くそ。もう、殺すなら殺してくれ」
 腕ごと食われるかもと思いながら、ぐりぐりと飴を押し付けて目の位置をさがす。
「グ」
「うりゃ。目見つけた」
 少し堅いところへ有平糖を押し付ける。
「……! ォ、オ!?」
 にゅるにゅると縮んでいったバケモノが、渦を巻いて排水溝に戻ってゆく。
 あっけない結末だ。
「さよなら。もう来るなよ」
 こんな言葉、通じていないかもしれないけれど。
「餞別に、これ、あげる」
 指先でつまんでいた溶けかけの有平糖を排水溝に放り込み、今年のハロウィンは終わった。

「な、なんだったんだ……」
 必死で風呂の掃除をしながら、考えた。
 でも、なにもかもが分からなかった。
 なぜ毎年来るのか。
 人の言葉を理解したような声(?)を発していたのは偶然だったのか。
 巨大化して襲ってきたかと思えば、僕が体を探り終えるのを待つかのようにおとなしくしていたのはなぜか。
 引っ越せないのは呪いか何かなのか。
 ピカピカになった浴室を見ながら思った。
 この謎を解くために、あと1年だけここに居てやろうかな、と。

(了)

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