なぜ、出ないボールペンを6本持っていたのか
朝のホームルーム。
配られたアンケートに記入しようとしたところで、独り言が漏れた。
「あれ、やば……」
家にボールペンを忘れてきたのだ。
シャーペン不可だから、困った。
誰かに貸してもらえないかと、きょろきょろ周りを見渡す。
前の席は休み、両隣は男だから、ペンを何本も持っていることはないだろう。
というわけで僕は、後ろの佐々木さんに声をかけた。
「ごめん、ちょっとボールペン貸してくれない?」
「うん、いいよ」
あまり話したことがないのに、彼女は快く、机の上にあったペンケースをこちらに寄せてくれた。
「お借りしまーす」
さすが女子という感じで、ペンケースはパンパンだ。
適当にあさり、手に当たった黒いノック式のをつかんだ。
そして、自分の席へ向き直り、記入する。しかし。
「あれ、出ないや」
振り返ると、佐々木さんは顔をあげて、慌てた顔をした。
「あ、ごめんね。出ないのが何本か入ってて。青いのがちゃんと出るやつなの」
「ん、分かった。ごめん、ちょっと中身出すね」
ペンケースをひっくり返してざらざらと出すと、シャーペン、赤ペン、消しゴム、さっき出なかった黒のノック式と同じものが全部で6本、そして青い軸のボールペン。
使わないものはしまって、再びプリントに記入する。
今度はちゃんと出た。
「ありがとう。助かりました」
お礼を述べて返すと、佐々木さんは、ちょっと恥ずかしそうにこくっとうなずいた。
プリントを出しに行きながら、ぼんやりと考える。
なぜ彼女は、出ないボールペンを6本も持っていたんだろう。
見るからにきちっとしてそうな彼女が、捨てるのを忘れて入れっぱなしにしているとは思えない。
願掛けだろうか。
同じ予備校に、勉強した成果ということで、使い切ったボールペンをとっておいている人がいる。
しかし、熱心な彼でもさすがに、常に持ち歩いてはおらず、家に保管していると言っていた。
使いたいペンを出すのに全部ひっくり返さないといけない量を持ち歩いているなんて、どう考えても非効率だ。
と考えると、やはり、何かのために使うのだと思う。
何だろう。
突き止めたって何にもならないのに、やけに気になってしまった。
昼休み。
友達の席でお弁当を食べながら何気なく見ると、佐々木さんが、ちまちまと何かを作業していた。
左手には、先ほどの出ないボールペンが6本。
右手は指に輪ゴムをかけていて、どうやら束ねるつもりらしい。
ぐるぐると何重かにして、かなりきっちり固定しているように見える。
束ね終えると、またちまちま。位置を調整しているのだろうか。
何をしているんだろう。
午後は委員会活動なので、もしかしたら、その準備かも知れない――佐々木さんはたしか、福祉委員だ。
再びちらっと見ると、細く帯状に切った厚紙に折り目をつけて長方形にしていた。
ボールペンの束に巻いてセロテープで留め、最後にペンの先をトントンと揃えた。
佐々木さんは、完成したらしいそれを、うれしそうに眺めている。
その優しい表情を見て僕は、彼女が何を作っていたのかも、なぜ自分が彼女のことを何度も見ていたのかも、分かってしまった。
翌週、月曜日。
廊下に、福祉委員会が作成した、点字のポスターが掲示されていた。
縦に3つ、横に2つ、計6個の点で表現される文字。
均等に並ぶ、ぽっこりした点。
これは、あの日佐々木さんが束ねていた『出ないボールペン』で打たれたはずだ。
ノック式のボールペンなら、点を打ちたい箇所だけ出すことができる。
任意の形にして紙に押し当てれば、綺麗な等間隔の点字が打てるだろう。
ポスターは、何と書いてあるかのクイズになっている。
自由に触っていいとのことなので、そっとなぞってみた。
点字を知らない僕にとっては、ただのボコボコでしかない。
だけど、誰かにとっては、これが大好きな物語だったりするかも知れないのだ。
一生懸命作る彼女の横顔を思い出すと、なんだか胸がくすぐったい。
僕は、なぜ自分が彼女のことを気にしてしまっているのか、よく知っている。