なぜ、ゴミ箱に白紙のルーズリーフが捨てられているのか

 僕のクラス、六年一組には、一日二枚ずつルーズリーフを捨てる奴がいる。
 毎日、何も書いていないルーズリーフがごみ箱に入っているのだ。
 それだけならただの資源の無駄なのだけど、そいつはなぜだか、わざわざバインダーにはめてから、ちぎって捨てているらしい。
 穴は見事に裂けていて、そのくせ、丸めたり折ったりはしていない。書いたり消した形跡もない。
 おかしいと思う。
 もし僕のクラスに、白紙のルーズリーフを捨てることで快感を得る酔狂な奴がいるなら、そいつは、買ってきたものを袋から出して、そのままごみ箱に入れればいい。
 ただ捨てるだけなら、それが一番簡単だろう。
 なぜわざわざ、バインダーにはめるのか。
 もしかしたら、これはルーズリーフではなく、リングノートのページなのかも知れないとも思った。
 それなら――白紙な理由はともかく――ちぎらなければ捨てることはできない。
 ……と考えたのだけど、紙をよく見たら、この可能性もすぐに否定された。
 ルーズリーフの右端に、校章の透かしが入っているからだ。
 このルーズリーフは、聖践せいせん学園の購買かネット通販でしか買えない、限定文具のひとつだ。
 限定文具には必ず校章が入っていて、ルーズリーフは、右端上に透かしが施してある。
 そして校章入りの紙を使ったノートラインナップに、リングノートはない。
 ……とまあこんな感じでひとつずつ可能性を潰していくと、やはり、『白紙のルーズリーフをバインダーにはめて、ちぎってごみ箱に捨てる』という、酔狂野郎が居るということになる。

 今週ゴミ当番の僕は、地球への微妙な罪悪感を含んだゴミ袋を持ち上げ、袋の口を縛った。
 もうすぐ中学生。責任も増えるし、プレッシャーも感じる。
 酔狂野郎は、何かの義務から逃れるように、ルーズリーフを破って捨てているのだろうか。
 ……とここで僕は、ひとつ大事なことを思い出す。
 聖践の限定文具は、高校・大学生は学校内の購買で買えるらしいのだけど、小学校には購買がないので、ネットで買うしかない。
 つまり、親に買い与えてもらわないと、このルーズリーフは手に入らないのだ。
 ガサッと、ゴミ袋を持ち上げながら思う。
 もしかして、このルーズリーフをバインダーに挟んでいるのは、本人じゃないのではないか?
 親が、一日二枚ずつ挟んでいるのかも?
 僕は少し、この酔狂野郎がかわいそうになってきた。
 きっとこのルーズリーフは、親から課せられた勉強のノルマなんだ。
 一日二枚、暗記の練習か何かをしてきなさいと言われているに違いない。
 少ないページ数のバインダーを手渡されるのなら、わざわざリングを外して取るよりも、そのままビリビリちぎって捨てる方が早いはず。
 勉強は辛い。でも、ルーズリーフを残すわけにはいかない。勉強しなかったことが、親にバレてしまう。
 そうか……これは、彼、または彼女の苦しみだったんだ。
 毎日毎日、校章入りの白紙のルーズリーフをゴミ箱に捨てるのは、どんな惨めな気持ちだろう。
 思わず、シャツの胸元を握りしめた。
 かわいそうな――
「いっせーのーせ!」
 後方から、ビリッと紙が破ける音が聞こえた。
「すごーーい! きょうも当たったじゃん!」
 思わずバッと振り返ると、女子が四人、きゃあきゃあ言っている。
 三人は一枚ずつ白紙を持っていて、あと一人は、机に腰掛けて、ルーズリーフのバインダーを広げて持っている。
 バインダーは空っぽ。女子達は、紙を光にかざしながら笑ってる。
「すごーい。ハルナちゃん、五日連続当たりだ」
「……ズルしてないよ?」
「そりゃそうでしょ。だって、三枚のうちどれを『当たりの無印』にするのか決めるのは、バインダーを持ってるユキちゃんだもん」
「どうしよう。ほんとに五日連続で当たっちゃった……」
「告白告白!」
 何やら盛り上がる四人の真ん中で、ハルナちゃんが赤い顔をしながら、ルーズリーフに何かを書き込んでいる。
「よし、じゃあ、最後のおまじないだ!」
 ユキちゃんの号令で、四人が、教室の後ろに移動する。
 僕がかけたばかりの真新しいゴミ袋に、ミキちゃんとサキちゃんが、そのままのルーズリーフを捨てる。
 そして、真っ赤なハルナちゃんは、何かを書いたはずのルーズリーフをくしゃくしゃに丸めて、そっと放り込んだ。
「聖践学園のおまじない、当たるといいな」
「絶対大丈夫だよ! 絶対オーケーしてくれるって!」

 僕は、破裂しそうな心臓をおさえて、ゴミ袋を抱えて廊下の隅に走った。
 こんなことしてはいけないと思いながら、どうしても、気持ちが止まらない。
 昨日のゴミが入ったパンパンの袋を、そっと開ける。
 校章入りのルーズリーフが二枚。これは何も書かれていないし、折ったり丸めたりもしていない。
 手を突っ込んでガサガサ漁ると、丸めた紙があった。
 そっと開くと……
「ぼ、ぼく?」
 しわしわのルーズリーフの右上に、ピンクのキラキラペンで、僕の名前が書いてあった。
 校章は入っていないから、これは市販のルーズリーフだ。
「じゃあ、ハルナちゃんは、僕のことを……?」
 ボンッと、顔から火を噴きそうになる。

 きっとあれは、おみくじのようなものだったんだ。
 市販のルーズリーフ一枚と、校章入りのルーズリーフを二枚、バインダーに挟む。
 どの順番になっているかは、バインダー係のユキちゃんにしか分からない。
 ミキちゃん、サキちゃん、ハルナちゃんは、いっせーのーせでルーズリーフを引っぱって、ちぎる。
 市販の一枚が当たり。校章入りの二枚は外れ。
 当たりの無印ルーズリーフを引いたハルナちゃんは、校章が入っているべき場所に、僕の名前を書いて、丸めて捨てた。
 僕が毎日見ていたものは、半分正しくて、半分間違っていた。
 校章入りの白紙のルーズリーフが二枚、丸められずに捨ててある。これは正しい。
 でも本当は、それと一緒に、僕の名前が書かれた市販のルーズリーフが一枚、丸めて捨ててあったんだ。
 そういえばこれ、今週僕がゴミ当番になった月曜日から起きてたっけ……。

 再びゴミ袋の口を縛る。
 どうしよう、どうしよう。見ちゃった……。
「あの、鈴木くん」
「ひえっ!?」
 振り返ると、ハルナちゃんが、もじもじしながら立っていた。
 僕は慌てて、ゴミ袋を背に隠し、作り笑いを浮かべる。
「うん? なあに?」
「あの……実は、ちょっと話があって」
 心臓がどきどきと高鳴る。
「これ。手紙……書いてきたの。いらなかったらゴミに捨てていいから。でも、オーケーならお返事ください。じゃあ」
 ハルナちゃんは、ぽかんとする僕の手に、絵はがきを押し付けて走り去ってしまった。
 絵はがきには、聖践学園の象徴・愛の女神像が描かれている。
 ひっくり返すと、空白部分に、小さな可愛らしい文字でこう書いてあった。

 ――好きです。付き合ってください

 僕は、へなへなと廊下にへたりこんだ。
 神さまはまどろっこしい。
 こんなことしなくたって、僕は、最初っからハルナちゃんのことが好きだったよ。

(了)

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