作家犬と影武者の僕10 確定申告

 僕の飼い犬、フレンチブルドッグのぷうは、ミステリー作家だ。
 去年の春、最上川ミステリ大賞を受賞してデビューした。
 僕はその影武者で、犬が書いているのだとばれないよう、代わりに打ち合わせに行ったりしている。

 ぷうのパソコンを借りること数時間。
 うんうんうなる僕を見かねたのか、窓際でひなたぼっこをしていたぷうが、眉間にしわを寄せてやってきた。
「まだやっているのか、確定申告」
「うん……」
「なぜそんなに苦戦しているんだ? 二月中に会計ソフトの入力を終わらせて、ファイルを渡しておいただろう」
「いやあ、それが……」
 僕はぽりぽりと頭を掻きながら言った。
「すごく言いにくいんだけど……ぷうが犬だってバレたらどうしようと思って、見直してて」
「なぜそんなに心配する。春に開業届を出したときに一緒に青色申告も届け出て、大丈夫だったじゃないか」
「いまさらだけど、犬だってバレたら、脱税にならないかなって。せっかくぷうが会計ソフトを使いこなしてさっさとやってくれたのに、僕が理解できていないから、本当にこれでいいのか、ソフトの使い方を間違えてないかとか一から調べ直したりしてたら、時間がかかっちゃった」
 僕がしょんぼりしていると、ぷうは僕の手の甲をぺろぺろとなめながら言った。
「ソフト頼みにしないことは大事だな」
「うん。でも、一ヶ月間一生懸命勉強したから、ぷうが作ってくれたのがちゃんと合ってるって分かってよかった」
 影武者は大変だ。僕は気が小さいから、何か不備があって再提出なんてことになったら、ぷうのことを隠し通す自信がなかった。
「作ってから勉強し直すなんて変だよね。去年のうちから調べておけばよかった」
 僕が苦笑いすると、ぷうは真面目な表情ですりすりと顔を擦りつけてきた。
「いつも感謝しているぞ。最近は打ち合わせが多くて、君に任せてしまうことも多かったからな」
 僕は印刷ボタンを押し、プリンターから書類が出てくるのを眺めながら言った。
「楽しいから大丈夫だよ。これからも、一緒に頑張ろうね」
「さて、ではパソコンを返してくれ。推敲作業に戻らねばならない」
 僕がどくと、ぷうはぴょんと椅子に飛び乗り、いつもどおりぱちぱちと肉球でキーボードを押し始めた。

 これが、僕たちの日常。
 本人確認書類に僕の免許証と住民票をのり付けしながら、今年中にちゃんとマイナンバーカードを作って、来年は電子申請できるようにしようと心に誓った。

(了)

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