作家犬と影武者の僕6 ぷうの、この半年の激甚な悩みをお見せしよう
僕の飼い犬、白いフレンチブルドッグのぷうは、ミステリー作家だ。
去年の春、最上川文学賞を受賞してデビューした。
僕はその影武者で、犬が書いているのだとばれないよう、代わりに打ち合わせに行ったりしている。
(いままでとちょっと設定が違うじゃないかと気づいた方は、真のぷうファンだ!)
ふと横を見ると、ぷうが、何かをやりきったような顔をしていた。
机に前足を乗せて、器用にのびをしている。
「ぷう、どうしたの。なんだか、長年かかっていた呪いから開放されたみたいな顔してるよ」
「なんだそれは」
くちゃくちゃの顔に、しわが寄る。
ぷうは、ぐっぐっと前屈をしたあと、元の姿勢に戻って言った。
「実はきのう、死蔵していた長編小説を、インターネットに投稿した」
「ああ、あの、半年近くめちゃくちゃ悩んでたやつ?」
「そうだ」
ぷうが、肉球でふみふみしながら、パソコンを操作する。
出てきたのは意外にも、noteだった。
「へえ。noteにしたんだ。……でもまあ、答えが出てよかったね」
「ああ。ほっとしている」
ぷうが1年以上死蔵していた『奇天烈探偵・キミョウ君』は、約11万文字、文庫本1冊分の推理小説だ。
新人賞向けにせっせと書いていたのだけど、完結直後に別の作品で受賞したために、どうしようもなくなっていたのだという。
ここ数日のぷうは、おやつのカリカリ和三盆が食べられないくらい悩んでいた。
異常状態である。
それが無事決着したというのは、飼い主として、本当にほっとした。
▽・w・▽[ぷうのメモ]
○奇天烈探偵・キミョウ君の行き先について
来年の最上川文学賞に出そうとしていたら、今年受賞した
→どうする?
→いずれにせよ、文章力と、謎のロジックが弱いので、全文書き換えが必要
・とっておいて、あとで最上川文庫から出してもらう
→デビュー作の続刊が終わるまで出せない
→数年の間にネタが古くなる
・ウェブ投稿サイト「カイテヨンデ」に出す
→キミョウ君の推理方法がグロすぎてウェブ向きじゃない
→ポイントも取れないし打診も来ないし、ウェブに出しちゃってるから他社に売り込みもできない
・他社に営業する
→全書き換えしてからじゃないと出せない=数ヶ月かかる
→それで結局出版できなかったら、時間の無駄
→そもそも、犬だから営業できない(飼い主に頼む?)
・作品はお蔵入りし、ネタとしてとっておく
→トリックなどのストックにしておけば、のちのち役立つはず
→キャラを捨てるのが惜しい。解体したら二度とキミョウ君が出せなくなる
……ここまでで既に、どつぼにはまっているのが分かる。
しかし、ぷうのメモは続いている。
▽・w・▽[ぷうのメモ②]
○趣味としてウェブに置いておく
→改稿をあきらめ、原文のままどこかのサイトに置く?
→カイテヨンデか、note、KDP
・noteにしたい
→現状、奥本ぷうの書いたものは全てnoteで読める状態にしている
→別サイトに分散したくない
→目次もしおり機能もないのに、11万字も投稿できるわけない! しても誰も読まない!
・なら、カイテヨンデ?
→分散したくない
→カイテヨンデ上で「奥本ぷう」と検索して、欠陥だらけのキミョウ君しか出てこないのはまずい
→でも、長編は素直に投稿サイトに上げた方がいい気がする
・KDPで電子書籍を自作?
→体裁が読みづらい問題解消、誰でも一番読みやすい
→アンリミテッドにしておけば読まれやすい、最善の道
→しかし、分散する上に、アマゾンの作品一覧に自作と商業が混じって最悪だ
カイテヨンデに分散したくない……noteは絶対読みづらい……KDPで商業と混じるのが無理だ……カリカリ和三盆が胃に入らない……もうだめだ……
「ぷう、よく立ち直ったね。えらいよ」
「ああ。断腸の思いとはこのことかと思い知った」
ぷうはそう言って、窓の外に目を向けた。
はらりと枯れ葉が落ちる。もう十一月も末だ。
▽・w・▽[ぷうのメモ③]
○noteに載せる
→どんな形で?
・現状。1話2000字程度×10シーン×5章=50記事必要
→noteに50記事連投はうざすぎる
→自力でリンク貼るのが無理
・1章(2万字)×5記事で出す?
→1ページ2万とか狂気の沙汰
◎折衷案……1章を前後編で割り、1話1万字×10記事
そんな誰も読んでくれなさそうなもの載せて意味はあるのか? いや、謎にカイテヨンデに分散する方が意味ないだろう。「奥本ぷうのことは、書籍かツイッターかnoteを見ればオッケー」という状態を保ちたい。どうしよう。いや、そもそも死蔵したくない理由が「キミョウ君の名前を出したいから」だけなのだから、noteのコンテンツ一覧に並ぶだけでいいか。カイテヨンデの方が絶対読みやすいんだよな……ちくしょう、noteにしおり機能があれば……ちくしょう……カリカリ和三盆が胃に刺さる……
「ぷう!!」
僕はたまらず、ぷうを抱きしめた。
「うおお!?」
「こんな、こんなに悩んでたなんて。半年も、こんな、メモが真っ黒になるまで……全然気づかなくてごめんね。僕は飼い主失格だ」
「……別に、おれ個人の問題だから」
「ちがうよ!」
僕は、ぷうの首のしわに顔を埋める。
「ぷうはミステリー作家だけど、その前に、僕の大事な犬なんだ。ぷう、もっと頼ってよ。僕は君の飼い主だよ?」
僕が頬を擦りつけると、ぷうは難しい顔で――でもたぶん、ちょっと照れて――咳払いをした。
「まあ、いいんだ。大して読まれはしないだろうが、無事noteに載せて、『奇天烈探偵・キミョウ君』はこの世界に生まれた。おれはこれからもせっせと新作を書くし、いつか、別の作品で奥本ぷうのファンになってくれた青少年が、チラッとでもキミョウ君を見てくれたら、それでいい」
「ぷう……。そっか。君は、たくさん物語を書きたいんだもんね」
「そうだ。ひとつの過去作にかかずらっている暇はない」
犬だから、人間みたいにうまく書くためには、もっと勉強しないといけない――そう言ってぷうは、パソコンに肉球を押し付けた。
ひととおり聞き終えると、空が赤く染まり始めていた。
もう十一月も末だ。日が落ちるのも早い。
「ぷう。あしたはお休みだから、少し遠出のお散歩をしようか」
「ん? まあ、そうだな。最近は書いてばかりで、体がなまっている」
「おやつのトラヤチュールを買いに行こう。冬は、あんこがはかどるんでしょ?」
「……よく知ってるな」
そりゃそうだよ。だって僕は、ぷうの飼い主だ。
(了)