作家犬と影武者の僕9 休み失敗
我が家のフレンチブルドッグ・ぷうは、駆け出しのミステリー作家だ。
僕はぷうの影武者として、編集者さんとの打ち合わせややりとりを代わりにしている。
「ぷう、大丈夫……?」
「あと……、あと四時間三十六分……」
ぷうは壁掛け時計を見上げながら、死にそうな声でつぶやいた。
時刻は夜の七時半。
夕食を食べ終えたあと、ぷうはそのまま、ダイニングテーブルの上でくたっとしている。
「なんか、全然休みになってないね……」
「いや、せっかくの申し出だ。守らなければ、ここまで我慢した意味も無くなる」
「我慢」
僕は申し訳なく思いながら、ぽりぽりと頭を掻く。
実はきょう僕は、ぷうに『休日』を与えた。
そして結論から言うと、大失敗した。
目が死んでいる。
まさか、小説を一日書かないだけでこんな風になってしまうなんて、思いもしなかった。
「もう、書いてもいいよ……?」
いたたまれなくなり、机の上のノートパソコンを、ぷうの方へ寄せてみる。
しかしぷうは、短い首をぷるぷると横に振った。
「休みの重要性については、おれも分かっているんだ。きっと休むべきなんだ」
「……こうなると頑固なんだよなあ」
単純に、心配だったのだ。
毎日毎日小説を書き続けているぷうは、何かの義務感に駆られているように見えて、疲れてしまうのではないかと思った。
ずーっと書いてある日突然倒れてしまうよりは、予防的に週に一回くらい休んだ方が、元気にたくさん書けるのではないかと考えたのたけど……。
「あと四時間三十五分」
「ねえ、もう書きなよ」
あごの下あたりを、こちょこちょと撫でてみる。
一応、休日らしきことにはトライしていて、半年くらい前に買った『竜の冒険8』というRPGゲームで遊ぼうとはしていた。
しかしこれがぷうの性格なのか、効率のよいレベル上げと武器の錬金方法を調べて、スマホとコントローラーをいったりきたりしながら、マニュアルどおりに進めていて――これが果たして『休み』なのか?
「ぷう、ゲームして疲れちゃったんじゃないの?」
「楽しかったぞ」
正直、黙々と小説を書いているときの方が、よっぽどリラックスしていた気がする……。
そして、日付が変わった。
二本の時計の針がきっかり上を向いて揃った瞬間、ぷうの丸っこいしっぽがふりふりし始めた。
表情は相変わらずしかめ面だけど、犬なので、こういうところは分かりやすい。
「さて、あすに備えて寝るか」
と言いながらパソコンを開いている。
「あの、ぷう。言ってることとやってることが……」
「私小説の短編だけ書いて寝る。きょうのこの経験を書かないのはもったいない」
僕は大反省した。
ぷうに強制的な休みを与えるのは、やめよう。
(了)