なぜ、朝起きたら靴に釘が刺さっていたのか
汚ったないボロアパートに住み、だらしない生活を送る、俺。
先週、衝動的にバイトを辞め、無事に無職となってからは、怠惰に拍車をかけている。
せんべい布団からむくっと起き上がると、窓の外はすがすがしい晴天だった、
日曜日にふさわしく、俺には全くふさわしくない、濃い青空。
喉が渇いたと思い冷蔵庫を見たが、飲み物が何もなく、仕方がないので、アパートのそばにある自販機へ缶ジュースを買いに行くことにした。
くたくたの財布をジャージの後ろポケットに突っ込み、何年履いたか分からない靴を下駄箱からぽいっと落とし、履……こうとしたところで、仰天した。
右の靴のかかと部分に、釘が刺さっていたのだ。
底が平らなスニーカーのゴムを貫通して、まっすぐに、2センチくらいは出ているだろうか。
なぜ? 下駄箱に入っていたのに?
最後に履いた、きのうの深夜には、刺さっていなかったはずだ。
念のため足の裏を確認するが、怪我はしていない。
当たり前だ、踏んだ記憶などないのだから。
しかし、これだけ出ていれば絶対に気付くし刺さる。
なぜ? 俺が寝ている間に、勝手に刺さったのか……?
この靴を最後に履いたのは、夜中の1:00すぎに、ゴミ出しをするためだった。
裸足のまま、適当につっかけて出た。
普通ゴミと粗大ゴミの日なので、釘が落ちていた可能性はあるが、ゴミ捨て場で踏んだとしても、2階まで無事に上がれるはずがない。
深夜だったので、人には会わなかった。
眉間にしわを寄せながら、玄関をぐるりと見回してみる。
なにせ、ボロアパートだ。
下駄箱が壊れていたのかも知れないし、ドアをバタンと閉めた拍子にどこかからぽろっと釘が抜けたのかも。
しかし、天井から地面を這ってまでくまなく調べたけど、壊れているところはなかった。
何者かが侵入して刺した可能性?
ないない。
しっかり鍵はかかっているし、部屋が荒らされた形跡もなく、そもそも、人の家にこっそり入って靴の裏に釘を刺して出ていく人間なんて、いるはずがない。
ならば、玄関に元々落ちていたものを踏んだのだろうか。
いや、無職の俺のライフスタイルで、釘が自然と玄関に落ちることはないだろう。
では、最後に他人がうちに来たのはいつだったかと思い出すと、先週、友達3人を呼んで、宅飲みをした。
しかし、釘を使うような職種の人間はいない。
システムエンジニア、営業、塾講師。
趣味で日曜大工なんて話は聞いたことがないし、引っ越しも別にしていないから、釘が服に紛れていたなんてこともなさそう。
謎は深まる。
「ダメだ、全っ然分からん」
あきらめて釘を引っこ抜こうとした、そのとき。
「あー……なるほど」
靴の縁、アキレス腱側を見て、納得した。
深夜、適当に、つっかけサンダル感覚で靴を履いて、ゴミを捨てに行った俺。
かかとを踏んでいたのだ。
よく見ると、アキレス腱側に小さな穴が開いていて、かかとを踏んでいた折り目通りに倒してみると、釘が刺さっている位置にぴったり合った。
おそらく、ゴミ捨ての際に釘を踏んだのだと思う。
しかし、靴のかかとの折れた部分のおかげで、釘は俺の足にまで貫通しなかった。
ゴミを捨て終えた俺は、刺さっている釘に気付かないまま、適当に下駄箱にねじ込んだ。
そして、ついさっき下駄箱からぽいっと靴を投げて落とした拍子に、折れていた縁がぽろっと戻って、釘の先が顔を出したのだろう。
皮肉な話だ。
適当な性格故に、足が守られたなんて。
短くため息をついて、窓の向こうを見た。
「……就活しよ」
青空がさわやかな日曜の朝に、虚しくひとりで、玄関にうずくまっていたくない。