SS『青野短、ネット通販で本を買う』
俺こと桜木月彦は、文筆家の青野短さんの助手のアルバイトをしている。
短さんは、江戸落語の怪異の研究家だ。
日々、怪異の目撃情報をもとにあちこち飛び回っているので、俺もその手伝いをしているというわけである。
今夜も、東京・根津の青野家で、仕事終わりにご飯をいただいていた――短さんは料理上手で、毎度おいしい和食を振る舞ってくれる。
口がぱんぱんになるくらいお米を詰め込んでいると、パソコンでニュースをチェックしていた短さんが、ぽつりと言った。
「あら、ぴこさん、大変です。緊急事態宣言で、書店が休業になってしまうかもしれないそうですよ」
「……むぐ、ほうみたいえふね……もぐもぐ」
「弱りました。これでは欲しかった本が買えません。ゴールデンウィークにたくさん読もうと思っていたのに」
そう言って短さんは、頬に手を当て、困ったように首をかしげる。俺は箸を置き、スマホを見せた。
「大丈夫ですよ。ネットで買えますから。このnoteに、いろんな書店の通販サイトがまとめて載ってます↓」
短さんは興味深げに覗き込みながら言った。
「これは便利ですね。ネット通販といえばAmazonかなと思っていましたけど、書店独自の通販サイトでは、図書カードが使えるところもあるようですよ」
短さんは子供のように目を輝かせながら、文机の引き出しを開けた。
「ぴこさん、見てください。すごいでしょう?」
「すご……20万円分くらいあるんじゃ」
「何かの非常事態のためにとって置いていたのですけど、本当に非常事態で使えるなんて。よい機会ですので、全部使ってしまいましょう。まとめて買った方が物流業者さんのお手間も省けます」
短さんは手際良く、次々と難しそうな本をカートに入れている。
とっておきのレアカードを全放出……みたいな。
俺は苦笑いしながら尋ねた。
「いくら自粛でも、ゴールデンウィークだけでそんなに読めますか?」
「え?」
短さんはぴたりと手を止め、キョトンとした目で俺を見つめる。
ややあって、にっこりと優雅に笑って言った。
「本はどれだけ買っても腐りませんし、買いだめしても怒られないじゃないですか。ああ、これも面白そう。図書カードだけでは足りませんね。残りはクレジットーカード払いにしましょう」
そういえばTwitterで、#本は買いだめ歓迎 というハッシュタグを見た気がする。
機嫌よさそうな短さんの肩越しに画面を覗き見ると、カートのマークの横には赤丸で(50)とある。
「短さん! 自粛はそんなに長く続きませんよ!」
「そうですね。1日でも早く緊急事態宣言が解除されて、楽しく本屋さんで買いものができるといいのですけど」
支払い完了ボタンを押すと、短さんは満足そうにほうっと息を吐いた。
「ところでぴこさん、めぼしい怪異情報はありましたか?」
「あ、なんか川越で困ってるってひとが……」
「あら、川越。埼玉ですね」
短さんは目を細めて上品に笑った。
「自粛要請外の地域ならきっと開いているでしょうから、ついでに寄りましょう」
い、いままとめ買いした意味とは……? と聞きたいのを、ぐっと飲み込む。
「4月、5月刊行の書物はたくさんあるのです。大荷物になるでしょうから、ぴこさんも持ち帰るのを手伝ってくださいね」
「はい、頑張ります……」
重いんだろうな、と、少し気が滅入りかけた、そのとき。
「その日はうな重にしましょうね」
「はい! 頑張って本運びます!」
こうして俺は、短さんの本の爆買いに付き合う約束をしてしまった。
短さんは、コロナを広めないためにも、失礼を覚悟で怪異にガンガン詰め寄り、さっさと片付けるつもりだという。
(了)