作家犬と影武者の僕12 夢

 僕の飼い犬、白いフレンチブルドッグのぷうは、ミステリー作家だ。
 僕はその影武者で、犬が書いているのだとばれないよう、打ち合わせや各方面の連絡をしたりしている。

「ダメだった……」
 ぷうが、ベッドの中で丸くなっていた。
「どうしたの。先輩たちとお話、楽しかったんじゃないの?」
「いや。話はとても興味深く、大変刺激になったし参考にもなった。すごく楽しかったのだが……」
 そう言いながらも、ぷうは布団にもぐってゆく。ずもももも……と効果音が聞こえそうなほどに。
 きょうはぷうは、人間の作家の先生たちと、チャットでお話していた。
 そのなかで、夢や目標の話になり、先生方はそれぞれ夢があると知ったらしい。
「おれは、素晴らしい夢や高い目標が何も持てないまま、小説を書いている。こんなことを言ったら編集者に殴られるかもしれないが、重版したいとか、一回も思ったことがない…………」
「ま、まあ。ぷうは犬だし。お金とかよく分かんないんでしょ?」
「金は欲しいぞ。上生菓子フードをたらふく食いたい。だが、作家犬としてこうなりたいとか、こういう活躍をしたいみたいなビジョンが、何も無いんだ。何も」
 ぷうはすごくマイナス思考なので、夢なんか持ったら叶わなかったときに死にたくなるから無理だと言っていた。
 不安を作業量でもみ消そうとして、めちゃくちゃ書いたりする。
 マイナス思考を極めすぎて、人と自分を比べない――比べるという発想がない――という点では生きるのが楽そうだと思うけど、その利点は、そのまま内省のるつぼへ落ちていく危険をはらんでいる。
「犬に向上心なんかないんだ」
「ぷう」
「向上心なんか無くても小説は書けるはずなんだ」
「ねえ、ぷう」
「重版したいと思えなくても……何万部売れたいとか思えなくても……」
「ぷう! もうやめて! いいんだよぷうはそのままで!」
 僕は布団を引っぺがし、ぷうの体を抱きしめた。
「みんなと同じような夢なんか無くたっていいじゃないか。叶わない絶望を予感しながら持つ夢なんて、無い方がマシだ。ぷうはただ書いてただ出せばいいでしょ。いいんだよ。ぷうの夢は、ものしり犬になることなんだから」
 ぷうはハッと顔を上げ、斜め右の天井を見た。
「……そうだ。忘れていた。おれの夢は、ものしり犬になることだ。小説を書いて何かになったり、何かを成し遂げたりすることが到達点ではない」
「そう。ものしり犬ね。どーうどーうどーう……」
 背中をさすると、ぷうは目を半分まで閉じて、布団の上で丸まった。
「おれは、全ての人間の作家を尊敬する。人間はすごいな。おれはそういう風にはなれないが、急に書きたいものができたので書くことにする。お前はもう寝ろ」
「いや、ぷうも寝るんだよ。寝よ?」

 不安はね、作業量でもみ消さなくても、寝て解決することもあるんだ。
 そういうことが、いつかぷうにも分かる日が来るといいな。

(了)

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