「心身の幸せが社会変革へつながる」6年の研究と実践@アメリカ
■シリーズ記事の概要
Stanford SOCIAL INNOVATION Review(SSIR)というソーシャルイノベーションを専門的に扱うメディアにて、2020年3月と4月に「内面の幸福と社会変革とのつながり」に関するシリーズ記事が2つ公開された。
このテーマは日本のソーシャルセクター内でも「そうなんだろうな」と思われつつ、しかし日常的にNPO経営者やスタッフがマインドフルネスやコーチングの実施や、専門的に研究・事業の中で活用しているところはまだ少ない上、「どう実践すればいいのかわからない」と悩んでいる印象がある。シリーズ記事は6年もの研究と実践を通して得た研究成果を惜しみなく公開しており、少し具体的な実践方法や事例もある。日本でも各組織や、特にコレクティブ・インパクトの文脈で広がればと考えて簡易的に翻訳した。
なお、この記事内容をふまえたイベントを2020年5月8日に開催した。そのレポートはこちら「内面世界と社会変革のつながり研究のイベントレポート」。
シリーズ名は『Centered Self: The Connection Between Inner Well-Being and Social Change』、概要は以下の通り。
社会変革のリーダー等は多くの場合、多大な個人的負担を伴う独特の課題に直面。多くの人が社会問題の中心で働いており、自己反省やセルフケアを許さない慢性的にリソース不足または非常にストレスの多い環境で働いている。
結果、燃え尽き症候群、深刻な健康問題、人間関係の崩壊などの問題が発生。個人的な幸福が、体系的な社会的課題に効果的に対処するという証拠も増えている。個人・資金提供者および組織が、自分自身とセクター全体でよりwell-beingをどのようにサポートできるかに関心が高まっている。
(Illustration by Helena Pallarés)
このシリーズは長い間陽の目を見なかった革命的な研究だと思っており、1つ目の記事内でも『社会変革セクターにおける幸福の先駆者は、しばしば大きな懐疑論に出会う。幸福を会議の廊下でささやくだけのタブーのトピックから、公然と議論され、真剣に考えられた社会変化の側面に移行する道を開いた』と書かれている。
公開された記事と、簡易的な訳はこちら。どちらも相当に興味深いです。
記事1 ”Connecting Individual and Societal Change”(By Linda Bell Grdina, Nora Johnson & Aaron Pereira,Mar.11,2020)
「チェンジメーカーの内的な幸福と社会変革のつながり」
簡易訳(佐藤淳のnote)
記事2 ”Self-Inquiry for Social Change Leaders”( By Katherine Milligan & Jeffrey C. Walker , Apr.8,2020)
「ソーシャルチェンジリーダーのための自己探求」
簡易訳(友人の小笠原祐司さんのnote)
■内的幸福と社会変革のつながりの研究
このシリーズ記事の元になった研究があり、記事1に記載ある研究概要や成果をベースに紹介していく。
研究名は”The Well-being project”。運営は、世界中で社会変革を起こしているリーダーたちを支援する著名な機関(Ashoka、Esalen、the Impact Hub、Porticus, the Skoll Foundation、Synergos)。目的は「個々のチェンジメーカーの内的幸福への支援を探求し、内的幸福と社会的変化の関係を研究することで、内的幸福の文化をつくる」こと。この研究は2014年から始まり、最初は世界中のチェンジメーカーへインタビューを実施した。
その後インタビュー結果もふまえ、2017年にさらに広く研究を行うと共に、チェンジメーカー向けの18ヶ月の内的開発プログラム(Inner Development Program (IDP))を立ち上げた。現在は、IDPや、組織向けのプログラムを実施しつつ、リトリートセンター等いくつもの研究・実践をしている。また、研究成果をまとめたレポートも発行した。(”WELLBEING INSPIRES WELLDOING ~HOW CHANGEMAKERS’ INNER WELLBEING INFLUENCES THEIR WORK~”)
■2017年のチェンジメーカー向け研究結果
2017年に6か月ほど、55か国のFord FoundationとImpact Hubコミュニティの250人以上のチェンジメーカーを調査した。結果は下記の通り。
・回答者の大多数は内的幸福の支援の必要性を表明し、内的幸福を健康的で持続可能な社会変革活動に不可欠な要素として認識
・重要なセグメントは、ストレス、心配、不安、燃え尽き、孤立感
・回答者75%は、自分の健康を守ることが「非常に重要」であると感じつつ、「大いに」自分たちの健康を気遣っていたと報告したのはわずか25%。理由はリソースの不足、仕事量の多さがどうかやセルフケアが自分に甘やかされていると感じたこと
・回答者が自分の役割の認識と多くの仕事をしていることは、依然としてセクター内での名誉のバッジと認識
・Inner-workが、生活に大きな違いをもたらした。自己認識の向上、過去のトラウマからの癒し、より健康的な生活パターンへの移行など
■”Inner Development Program (IDP) ”概要と成果
Ashoka、Schwab Foundation、Skoll Foundation、Synergosに所属する社会起業家、社会活動家、非営利団体のリーダーが参加した。プログラム内容は、様々なinner-workを特徴とするリトリートや経験豊富な幸福な開業医によるカスタマイズされたワーク、マインドフルネスや関係性等のトピックに関する4〜8週間の学習モジュール等を18か月行う。3年間のIDPの結果は以下の通り。
・当初、自分の世話をすることに罪悪感を示したが、inner-workを自分や他人の長期的な健康と仕事に不可欠であると考えた
・自分自身の側面、個人的または職業上の関係、無視または否定していた仕事や生活を理解し、受け入れることを学んだ
・より大きな意識、プレゼンス、そして厳しい自己判断からの解放を経験。私的な環境と仕事環境の両方に存在し、従事する異なる方法をもたらした
・本当の自分と世界での彼らのアイデンティティとの違いに対する認識が向上。投影された強さのイメージを取り除き、他者に対してよりオープンで脆弱に。厳しい自己批判を認識し、自分や他の人に優しくなった
■研究結果の派生・文化醸成へ
調査開始後、85の有名なグローバルおよび地域組織のリーダーが健康への取り組みへの関心を表明した。2016年には2つの学習コミュニティを設立し、これらの教育機関が内的幸福の支援を導入する方法を模索。下記3つの取り組みが始まった。
□Skoll Foundation、Ford FoundationのBuildプログラムおよびBig Bang Philanthropyは、スタッフと被援助者の福祉をサポート。スタッフのメンタルヘルスプロトコル作成、既存の被認可者がスタッフの健康に特に投資するための助成プールを作成した。
□Ashoka、Echoing Green、The Schwab Foundationは内部の幸福の実践を取り入れ。幸福を世界の10の優先事項の1つに指定、インド、メキシコ、カナダなどで幸福のプログラミングを提供した。
□Impact Hub Viennaは主要な加速プログラムに幸福を統合。個人または組織の幸福のためのコーチへのアクセス、幸福意識ワークショップ、および幸福の文化を構築するための制度的取り組みを追跡する指標などを備えたプログラムを組織に提供した。
■(5/10追記)内的幸福から社会変革を生み出す文化をいかに広げるか
記事や研究成果への感想として、研究開始の2014年当時、社会変革に携わる人の内的幸福についてタブー視されていたところから、むしろ「内的幸福と社会変革は明確なつながりがある」とまで社会変革セクター内外の文化を醸成したことは、素晴らしい社会変革だと考える。
社会変革に携わる人たち自身が心身幸せであることが、仕事の質を高め公私の関係性を良くし、組織も事業も成長していく、社会的なインパクトも増大するというのは、それだけみると当たり前だと感じる。しかし「社会変革に携わる人が、サポートする対象(例えば生活困窮世帯)と同じかそれ以上に自身の内的幸福を大事にする」ということに躊躇や申し訳なさを感じる人が多いのはなぜだろう。3.11等の災害時に「自分より苦しい人がいるからもっと頑張らなきゃ..」と悩み、疲れ、バーンアウトしたり心身を壊す人が多かった(自身も当事者であるにも関わらず)。
今回紹介したシリーズ記事や研究は日本でも研究と実践をノウハウと共に広げていくことは重要だと考える。例えば私が事務局をしている新公益連盟という全国の社会的起業家等110名ほどの連盟組織では、設立理由の1つが経営者の内面等をケアし合えるコミュニティづくりだった(2016年設立)。1年に1度の100名ほど集まる合宿では、家族や組織のNo.2にも言えない公私の悩みや失敗、様々な想いを話し、またどう向き合ってきたのかやノウハウも共有し合っている。そこで語られることはWell-being projectの研究成果ともまさに合致しており、2019年度の合宿では「リーダーの孤独、組織内の対立、社会からの逆風&炎上・・・から希望を見出す」「マインドフルネスとトランジション」というセッションも行われた。
今後、日本で社会変革に携わる人たち(リーダーに限らず)の中でも、記事内にあるような個人や組織内外での自己内省・自己探求の実践や研究、プログラム提供を行う主体が増えることで文化が醸成されることを願っている。(私も自分で試しつつ、携わっている仕事で実践・情報発信していきます)
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