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恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 序章(1/6)

【あらすじ】
 依頼人の思いを汲み取り、気持ちを手紙にしたためる「代筆屋」。
 相手の心に寄り添いきれていなかった代筆屋の貴之(二十七歳)が、看護師の美優(二十四歳)と出会い、成長して、避けていた過去に向き合うまでを描く、連作短編のヒューマンストーリー。
「わたしは命を、あなたは心を救う仕事です」

  * * * *

 言葉にできない思いを秘めていませんか?
 大切な人への感謝、素直に言えなかったお詫び、めでたい日のお祝いの言葉など。
 自分ではまとめられなかった心を汲み取って、あなたの代わりに手紙を綴ります。
 
 スマートフォンやパソコンが普及して、電子メールが当たり前になりました。
 手軽になった分、思いも軽く伝わりがちです。
 手書きの文字を書くには時間がかかります。
 だからこそ、文字に思いが宿るのです。
 読み手が目で追うごとに、一文字一文字からあなたの喜びや悲しみが滲み出てくるはずです。

 まずは、お気軽にお問い合わせください。
 わたしと話しているうちに、自分自身でも気づかなかった思いが掘り起こされて、驚かれる方も少なくありません。心の整理にもつながります。
 大切な人に、あなたの気持ちを届けましょう。
                         代筆屋 氷藤貴之

   * * * *

「なんてな」
 缶ビールを片手に誤字がないかチェックをして、氷藤貴之はマウスをクリックした。
「更新、完了っと」
 ホームページのリニューアル作業が完成した。
 もう深夜の二時をまわっている。そろそろ寝るかと、貴之はノートパソコンの電源を落とし、飲み干した缶ビールをデスクに置いた。
 長い足を放り出し、黒いメッシュ素材の背もたれに寄りかかって「ウーン」と伸びをする。肩を回すと背中からゴリゴリと音がした。集中すると、どうも前のめりの姿勢のまま固まってしまう。
 長身であることもあいまって、迫力があると言われる切れ長の目を閉じて、眉間を揉んだ。
 暗くなったパソコン画面に、貴之の精悍な顔が映る。
 貴之はフリーライターだ。二十七歳という年齢からすれば、同年代の平均年収よりも稼いでいる。
 しかしこのご時世、フリーランスなんて吹けば飛ぶような職業だ。そこで一年程前から、副業として「代筆屋」を始めた。
 本業のスキルとして、人にインタビューをして本質を聞きだす力と、それを文章としてまとめる力がある。代筆屋なら、それが活かせると考えた。
 そしてなにより、貴之は達筆だ。この手書き文字は売り物になると思った。大学生時代に手書きのメッセージを寄稿し、雑誌の紙面に掲載されたときも評判がよかったと聞く。
 ライター業も代筆屋もやることは大して変わらないだろう。それで収入が何割かアップすればいい。
 貴之はそう考えていたのだが、思惑は外れた。
 費用対効果が悪すぎたのだ。
 伝えたい気持ちを要領よく話せない依頼人は多い。そのため、ヒアリングには時間がかかった。
 むしろ、話をしたいがために呼び出したのではないかと思われる依頼人もいて、そうなるとゴールの見えない話が延々と続く。
 初めは対面で会い、丁寧に話を聞いて、根気よく核心を掴もうとしていた。しかし、あまりにも手間暇がかかるので、やめた。
 ある程度メールでやりとりをして、相手の考えが固まってから電話で話を聞く。通話時間も上限をあらかじめ決めておき、それ以上時間が必要な場合はメールでのみ受け付けることにした。文面は草案をメールで送り、承諾を得られてから手書きの清書をする。
 これでも時給に換算すれば、ライター業のほうが断然よかった。
「失敗したかもなあ」
 そう呟いてみるが、まだ始めて一年。依頼もそれなりにあるし、チャチャッと終わるありがたい依頼もある。今後はもっと効率化を図れるかもしれないし、もうしばらく続けてみるつもりだ。
 こんなことを貴之が考えているなんて知ったら、依頼人は怒り、仕事がなくなるかもしれない。ホームページの謳い文句と随分違う。
 しかし、これは慈善事業ではないのだ。命を救う医師だって、治安を守る警察だって、収入があるから生きていける。貴之も同じだ。

 これはただの副業だ。
 貴之はそう思っていた。

 ――彼女に出会うまでは。

【以下、続きのリンクまとめです】(完結しています)

一章 キライをスキになる方法

二章 大切なものほど秘められる

三章 ナポリタンとワンピースと文字

四章 交換代筆

終章 クリスマス



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