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海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 終章(8/8)

終章 別れと始まり  高い位置から太陽に照らされて、アレクサンドラたちを乗せた船は、ジャスターク国の港に戻ってきた。乗員を降ろすとその船は食料などを補充して、オルレニア王国に戻っていった。 「キャプテン、待ってたぜ」 「お帰り」 「早くお宝探しに行こうぜ」  ロバート海賊団の何人かが石造りの突堤まで迎えに来ていた。その中にはエドワードの姿もあり、アレクサンドラはドキリとする。 「ただいま」  おずおずと声をかけてくるアレクサンドラの無事を確認したエドワードは、安

    • 海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 6章(7/8)

      六章 ロバートの過去  商船の船長室に連れて行かれたアレクサンドラは、ロバートが座る執務机の前に立たされていた。傍の椅子には初老の船医が座り、副船長のネイサンは、威圧するように筋肉質な腕を組んで、アレクサンドラの傍に立っている。  商船はフォーチュン号の船長室よりも豪華な内装で、高価な絵画が飾られ、クローゼットや洗面台まである。壁際には見事な彫刻の入った箱型のベッドが吊るされていた。 「どういうつもりだ」  ほぼ無表情なネイサンに見上げるほど高い位置から睥睨されると、屈強な

      • 海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 5章(6/8)

        五章 閉ざされた扉  消灯を過ぎた夜の甲板で、アレクサンドラは一人、夜空を見上げていた。 商船を拿捕し、船ごと荷を手に入れ、今日の祝宴も大いに盛り上がった。今でも飲み足りない数人が甲板で飲んでいる。下層の甲板は夜八時以降、ハンモックを吊るして眠る者がいるため、飲酒は外でのみ許されるのだ。 今日はハードな一日だった。  船底くぐりをアレクサンドラが成功させたので、かなり株が上がった。アレクサンドラが「女を連れ込んだ罪」はこれで正式に許されたことになる。  しかしクリスを筆頭に

        • 海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 4章(5/8)

          四章 竜骨の下で  ロバート海賊団としての初航海を終えて二週間後、次の航海が始まった。今回もロバートに「一月前後で帰港予定」と告げられている。 「ターゲットが定まっているとしか思えないよね」  出航して二週間目の朝、清掃と食事が終わり、船乗りたちは各自寛いでいる。アレクサンドラとエドワードもフォーチュン号の甲板で潮風を受けながら、小さな声で話をしていた。推進はマストに任せ櫂漕ぎはいない。周囲には誰もいなかった。 「しかし、海軍の航路は極秘事項だ。貿易をしている商人たちだって

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 3章(4/8)

          三章 無血の海賊王  朝六時に、ロバート海賊団のガレー船・フォーチュン号の甲板に集合して清掃。約八十人の乗組員を三班に分け、そのうちの一班は備蓄や買いだしなどを行い、見張りのためにそのまま船に泊まる。残りの二班は昼前に解散し、翌朝六時まで自由行動。つまり、三日に一回船付きの当番が回ってくるだけで、午後はほぼ自由だった。  アレクサンドラはロバートの一日の行動を見張ろうと数日ついて回ってみたが、他の乗組員と共に船の雑用をしているか、酒場で飲んで騒いでいるかだった。そして夜に

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 3章(4/8)

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 2章(3/8)

          二章 ロバート海賊団  舗装された石畳に商人たちが行き交い、木造の飲食店や商店が立ち並んでいる。ロバートが入った酒場の扉は開かれ、外にまで笑い声とアルコールの匂いが溢れていた。  店は四階建てで、二階までが酒場、三階以上が宿屋となっている。フロアの半分が二階吹き抜けとなっていて、開放感のある造りだった。奥のカウンター席もテーブル席もいっぱいで、一階だけでも五十人以上いるようだ。 「遅かったな! とりあえず座れよ。おいそこ、入れてやれ」  アレクサンドラとエドワードが店に入る

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 2章(3/8)

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 1章(2/8)

          一章 旅立ち 「おまえ、また勝手に縁談を断ったな」  アレクサンドラは兄に肩を掴まれて、説教を受けている。 「わかっているのか。今日はおまえの誕生日だ。十八歳になってしまうんだ」 「そうだね」 「そうだね、じゃない! まったくめでたくない。きっとラストチャンスだったのに」  兄は嘆くように片手で顔をおおった。 「私はもう、結婚は諦めてるよ。離して、仕事に行かなきゃ」  青い軍服に身を包んだアレクサンドラは、登営間際のエントランスで兄に足止めされていた。 「諦

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 1章(2/8)

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 序章(1/8)

          【あらすじ】 海軍所属のアレクサンドラは、海賊団の集まる島国に諜報員として一人で潜入することになった。残虐非道だと噂されている海賊王・ロバートを討つという危険な任務だ。  彼女を引きとめたのは、兄の親友であるエドワードだった。伯爵領の後継者で、容姿端麗な海軍のエリート。  彼に求婚され、軍を辞めるよう迫られるが、アレクサンドラの意志は固かった。エドワードはアレクサンドラを守るため、海賊島に同行する。  海賊島に到着後、二人はターゲットのロバートと対面する。しかし噂とかけ離れた

          海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 序章(1/8)

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 終章(6/6)

            終章 クリスマス (前略)  こうしてぼくは、新田美優という素晴らしい女性と巡り合い、代筆屋という心を救う仕事に邁進しています。  代筆屋は、天職だと自負しています。  ぼくは二十七歳になりました。  夢でいいから出てきてください。お父さんと一緒にお酒が飲みたいです。  また、もっと字が上手くなりたいので、教えてください。  追伸:  お母さんの茶碗蒸しが食べたいです。                     氷藤貴之    * * * * 「……なんだ、この手紙

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 終章(6/6)

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 4章(5/6)

           四章 交換代筆  街路樹にはイルミネーションが輝く十二月。  あと三日でクリスマスだ。 「ミュウから返事が来ない……」  仕事中に貴之はデスクの端に置いているスマートフォンに視線を投げた。気になって集中力が切れてしまう。  今までも美優にかけた電話が繋がらないことは多々あったが、半日以内に返事があった。  ――意図的に無視されている。  何度も送ったSNSのメッセージが既読にならないことでも明らかだ。  原因は「交換代筆」だろう。  交換代筆を提案してから

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 4章(5/6)

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 3章(4/6)

           三章 ナポリタンとワンピースと文字 「貴之さん、お腹が空きました。なにか作ってください」  貴之の自宅兼事務所に入ってくるなり、美優は応接間の黒いソファにコートのまま寝転がった。三人掛けのソファに美優の小柄な身体はスッポリとおさまる。 「また食いに来たのか。ここはおまえの食堂じゃないんだぞ。帰れっ」  美優は銀婚式夫婦の依頼で会った後から、頻繁に貴之の家に押しかけてくるようになった。しかも、出来心で手料理を食べさせてからは、食事をねだってくるようにもなった。  自

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 3章(4/6)

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 2章(3/6)

           二章 大切なものほど秘められる  貴之は平日の昼間、仕事の隙間時間に事務所の掃除をしていた。  新田美優と会って以降、依頼者と直接会って話を聞く重要性を再確認してからは、遠方でない限り会って話を聞くことにしていた。そのため、この事務所に依頼者を招くことが増え、こまめな掃除が必要になってしまった。  まあ、いいんだけどな。打ち合わせができるように、広めの部屋を借りたんだから。  貴之は腰を伸ばしながら、応接間として使っているリビングダイニングを見回した。  中央には

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 2章(3/6)

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 1章(2/6)

            一章 キライをスキになる方法  スマートフォンの振動音で、貴之は目を覚ました。  頭の奥が重い。  昨日、飲みすぎたか。  貴之は目をすがめ、ボリュームのある黒髪をかき上げた。  いくらアルコールを飲んでも酔わない体質なので、つい深酒をしてしまう。それなのに翌日には、しっかりと頭の回転を鈍らせるのだからタチが悪い。  いや、酔いだけではない。痛みも、喜びも、悲しみも、あらゆる感覚や感情や鈍くなった気がする。  ――あの日から。 「電話か……」  貴之はゆ

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 1章(2/6)

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 序章(1/6)

          【あらすじ】  依頼人の思いを汲み取り、気持ちを手紙にしたためる「代筆屋」。  相手の心に寄り添いきれていなかった代筆屋の貴之(二十七歳)が、看護師の美優(二十四歳)と出会い、成長して、避けていた過去に向き合うまでを描く、連作短編のヒューマンストーリー。 「わたしは命を、あなたは心を救う仕事です」   * * * *  言葉にできない思いを秘めていませんか?  大切な人への感謝、素直に言えなかったお詫び、めでたい日のお祝いの言葉など。  自分ではまとめられなかった心を汲み

          恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 序章(1/6)

          『七彩の七宝』終章「それから」(6/6)

           本日最後の客を笑顔で見送って、彩七はドアサインを「営業中」から「本日は閉店しました」にひっくり返した。時刻は午後七時だ。店にはまだ来客予定があるので、ドアの鍵は開けたままにする。  歩道には飲みに行くのか帰るのか、人波が絶えない。上野駅から徒歩五分という好立地に彩七は店を構えていた。 「よし、今日も頑張った!」  彩七は両手を天井に向けて伸びをする。腰近くまであるストレートの黒髪が光沢を放って揺れた。  大学を卒業し、七宝焼の店をオープンして半年経った。店は思ってい

          『七彩の七宝』終章「それから」(6/6)

          『七彩の七宝』四章「最終日」(5/6)

           メディアに掲載されて以降は目立ったイベントがなかったこともあり、支援金が停滞してしまった。  SNSなどの地道な活動で、二百八十万円の段階からじわりじわりと増えていき、三百十万円に達した時には、締切当日になっていた。 「あと九十万円」  彩七はプロジェクトの画面をじっとみつめていた。念力で数字を増やそうとするかのように。  九十万円は大金だ。しかし、すでに三百十円も集まっていることを考えれば、あと一歩のようにも感じる。  その一歩が、なんとも遠い。 「残り九時間半か……」

          『七彩の七宝』四章「最終日」(5/6)