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「僕は男だけど、共感するところはたくさんあるかもしれない。」Zoomで集合!編集後記vol.2

●Zoomで集合!編集後記 vol.2

『母にはなれないかもしれない』若林理央(著) 1870円(税込)/旬報社
 
「Zoomで集合!編集後記」は、本を出した感想や今もっと語りたいことをおしゃべりする場です。
2024年2月に刊行した『母にはなれないかもしれない』の著者である若林理央さん、装丁・組版のデザインを担当したデザイナーの吉崎広明さん(ベルソグラフィック)、編集担当者の3人が本についての思いを持ち寄り、おしゃべりしました。
 
編集担当: 今回は、『母にはなれないかもしれない』という2024年2月に出版した書籍について、著者の若林理央さんとデザイナーの吉崎広明さんについてお話ししていきたいと思います。
『母にはなれないかもしれない』は、全国の書店で発売しておりまして、電子書籍版もアマゾンKindle版で販売しています。内容としては、「産まない・産めない・産みたくない」という出産・妊娠に関する女性たちのある種「タブー」ともされてきた思いを若林理央さんがインタビューで聞き取ったものです。若林さんご自身が「産まない」という決断をされた経緯についてのエッセイ、作家の佐々木ののかさんと若林さんの対談も収録しました。
刊行後は、下北沢の書店B&Bさんや大阪の梅田Lateralでトークイベントも開催することができ、様々な反響がありました。

今回は、本のデザイン・装丁をしてくれた吉崎広明さん(ベルソグラフィック)が本をデザインするときに、デザイナーとして、一男性としてどんなことを考えておられたのか、お話ししていけたらなと思います。
普通、内容が固まってからデザインを発注するのですが、この企画が持ち上がった時、そもそも吉崎さんは参加していました。吉崎さんと若林さんの出会いの話をちょこっと聞いてきたらなと思うんですが……
 
吉崎:吉崎:若林さんとはX(旧Twitter)の相互フォローでつながっていて、少しだけ軽い会話をしたことがありました。そこからしばらく間が空いたんですが、たまたま僕が大阪の文学フリマを訪れる機会があって。実は文学フリマは初めてなんですが、本の企画になるようなものがあるかなとか、個人の方が書いてるような小さな表現にも興味があったので思い切って名古屋からでかけてみたんですね。
その中の出店者で唯一知ってる方が若林さんだったんです。それでも話しかけるのはどうかなあとか思ってたんですよ(笑)。そのまま通り過ぎちゃおうかな~と。
けど、その時若林さんはブースにいらっしゃらなくて、お母さまが座られてたんですね。そこで思わず立ち止まってしまったんです。「あれ、お母さんですか?」って。そうしたら、ちょっと話が弾んでしまって。「今呼びますから待っててください」って言われて、それで若林さんとリアルで初めて少しお話をさせていただきました。そのときは、若林さんがライターとしてどういう経歴を歩んできたのかに少し興味があって、プロフィールに近い内容のZINEを購入させていただいたんですが、自宅に帰ってきてふと、「産む、産まない」みたいな女性の出産に関するものも出してたかな」って、そっちの方が気になってきたんですよ。それで、XのDMで連絡をして「若林さん、これ少し面白そうだから送ってくれませんか」ってお願いをしました。
 
編集担当:なるほど、それで読んだあとに私に勧めてくれたのか。
 
吉崎さん:元々、女性の生きづらさに関する書籍の企画のことについて話したりする機会も度々あったので、無理を承知で聞いていただきました。僕の普段の装丁の仕事は既に内容が決まった書籍が多いから、こういうことするの初めてなんですよ。
 
編集担当:そこで私と吉崎さんが直接会って企画にしたいね、という話になりました。
吉崎さんは、そもそも「産む・産まない」という女性の選択に興味があって、気になったような感じですか?
 
吉崎さん:そうですね。僕の場合、結婚後は二人とも独立したばかりだったので、「まずは仕事が優先!」という使命感があり、しばらく子どものことを考えてなかったんですね。そんな時期を経て、周りから「どうなの?」と言われ始めて、「そうだ、子どもを作らなくちゃいけない」って焦り始めました。そこから子どもを授かるまで何度も失敗をした苦い経験もあるし、子どもはもう必要ないかなって思っていたこともあります。長い間、色々考えて悩んだり試行錯誤してきたこともあるので、色々な気持ちが僕の中に蓄積されてずっと残っていたんですね。
若林さんのZINEを読んだ時に、僕は男だけど、共感するところはたくさんあるかもしれない、男性としてお手伝いすることの意義もあると気付いたんですね。担当者さんともその頃、書籍の企画についてよく話したりすることもありましたし。

編集担当:そうですね、私も吉崎さんとのお付き合いは今の職場の前からなので、もう10年近いですね。仕事の合間に色々近況を報告したり、私自身は「子どもを産まない」人生になるかもしれないっていう、相談半分雑談半分の話をしてきたので、それで私に話を振ってくれたんですよね。
その吉崎さんとの企画会議があって、私が若林さんにオファーのご連絡をして、そこから原稿になるまでが割と早かったんですよね。
途中の原稿とかって、吉崎さんに見せてたっけ? 

吉崎さん:いや、僕は見てないと思います。若林さんを含めて3人で色々お話しするのは原稿が固まってからですね。進行途中で本文を読んだりすると、日々多くの書籍の仕事を受けていることもあって、記憶が飛んでしまうこともあるので、なるべく直前まで情報をいれないことが自分には合ってると思います。ただ、最初はビジュアルをどうするのかについて、明確なイメージが浮かんでこない部分はありました。
僕は男性だし、若林さんも担当者さんも世代が違うのでそれぞれの嗜好や思い入れもある、その中で着地点をどうやって共有するかは大事ですよね。僕としては、男性にも手に取ってもらいたいという願いもありましたから。 

若林:私、これが初の商業出版の本なので、そのときは今一つわかっていなくて、装丁をAmazonや本屋さんで見るときに―私は小説が好きなもので―小説の装丁を見てたんですよね。どちらかというと、ちょっとふわっとした感じの本。女性が一人のイラストとか、少し幻想的だったりする感じがいいな~とか。そういうイメージがあって、デザイン会議でも提案したんですけど、やっぱり「この本の趣旨とちょっと合わない」っていう風な話の流れになりましたね。例えば、吉崎さんがおっしゃってたのが、イラストにしても、その人物は、泣くとか笑うとかじゃなくて、どういった感情か言語化できない繊細な表情をしているものはどうかと。女性のいろんな表情があると、いろんな感情を読者さんが受け止めることができるからいいとか。
それで小林葉子さんをイラストの候補としてあげて、実際にも見せていただいて、幻想的な感じの雰囲気よりこっちが向いているのかなって、だんだん気持ちが変わっていったような感じですね。
はじめて本のデザインに関わるっていう時に、自分の頭の中がイラスト先行で、自分の好みのイメージで考えていたのですが、やはりデザイナーさんと書籍編集さんはプロフェッショナルだなと思いました。
吉崎さんが装丁の上で大切していることは、本の内容のコンセプトとかをヒアリングをして、深く知った上でそこから組み立てていくっていうような私とは違うアプローチだと思いました。

 編集担当:吉崎さんはヒアリングで、若林さんから何を引き出そうとしたのかとか、著者の思いを汲むときに気をつけてることはあるんですか? 

吉崎さん:装丁家が、初めてお会いした方の原稿を持ちこんで、編集者に「これを本にしたい」っていうパターンは少ないと思うんですが、少し外側から眺める距離感は維持したい気持ちがありました。僕自身思い入れも強くなる中で、著者である若林さんに寄り添うより、ちょっと離れた位置から見える景色があるというか。内輪で固まりすぎないことは少し気をつけていたかもしれないですね。装丁家は読者に近い場所にもいた方がいいと思うこともあるし。著者や編集者、読者の間に立つことをできるだけ崩さないこと。その上でビジュアルのアイディアもでてくるんだと思います。
若林さんとのヒアリングで大事だと思ったことは僕から見て、彼女が醸し出しているイメージ、それから出来上がった本を彼女が持って紹介しているイメージですね。少し漠然としていますが。 

編集担当:では、読者に近いデザイナーとしてどのあたりを表現するべきだと思ったか、抽象的でもいいんですけど、イメージってどういうものでしたか?

 吉崎さん:担当者さんが既にある程度固まった方向性のようなものは持たれていたと思いますが、最初は3人それぞれ向いている方向が微妙に分かれていたかもしれませんね(笑)。主導権を握るのはあくまでも編集者だから、どういう風に、どのターゲットにこの本を売りたいと思っているのか、それをお聞きした上で僕が考えている絵柄のテイストなどをお見せしながら、うまく落とし所を見つける感じだったと思います。
「女性寄りにしすぎない」ということは共通の認識としてあって、その中で「柔らかさ」や「フラット感」を適度に保ちつつ、本文の内容に合った目を惹くインパクトのある女性、のようなものを想像していた気がします。


編集担当:私の中では、この本はフラットにしたいと思っていました。「女性の生き方」というコーナーが書店さんにあるんですけど、そうしたコーナーに置かれつつも、他のジャンルのコーナーにも置かれるようにしたいと思いました。「女性の生き方」コーナーって、「フランス人女性の人生哲学」とか「愛される女性としての~」といったテーマの本なども多く在庫してる棚で、わりかしフェミニンな感じの装丁が多いんですよね。女性的なものとか、ピンクや淡いパステルカラーとか、そういう感じのデザインが多いので、そうではないテイストで個性を出したい。
女性の生き方の話をしているっていうのが分かりつつ、男性が手に取りやすいようなフラットさについては、「フォントのニュアンス」とか「イラストと文字情報の配置」とか「全体の色味」とかいろんなところで一つ一つ押さえていたいっていうことが、私の要望だったと思います。
その時の吉崎さんとのやりとりのメールを見ると、「トゲトゲしたニュアンスはちょっと違う、お互いに違いがあっても女性同士のコンフリクトを生むデザインを避けたい、「産まない」ということに対してセンセーショナルすぎるのも避けたい、おとなしくて女性らしいという印象のものにもしたくない。手書き文字風のフォントを使わず、きっちりした印象のフォントがいい」という細かい希望を伝えてたみたいですね。
その要望と若林さんのイラストのイメージ、吉崎さんが持ってたフラットにしたいという思いをすり合わせるために、すごく重要な役割を持ったのが、小林さんのイラストでした。それをどういうふうに探してきたのですか? 

吉崎さん:若林さんにはお話ししてなかったかもしれないですけど、Xで思い切って募集をかけてみたんです。女性で、やや中性的な感じのざっくりした希望だったと思います。この投稿に対して、莫大な数の応募がありました。その中から10人ぐらいに絞ったのかな。小林さんは、ちょっと前から知ってて、人物の表情が印象的でとても気に入ってたんです。マネキン人形に少し似ていてやや無表情なところが、今回求めている「フラット感」にマッチしていたのかもしれません。

 編集担当:若林さんは小林さんにもお会いする機会があったかと思います。下北沢でのイベントに来てくださいましたね。どういうお話をされました?

 若林さん:そのイベントではお客さんと話す場っていうのが、質疑応答の時しかなくて、じっくりお話しする時間がなかったんですけど、サイン会に並んでくださって。「小林です」っていう風に名乗ってくださって、こういう方が入ってくださったんだなって感慨深かったです。その後、ライターとしてのコラムのお仕事でも、小林さんしかこの内容をイラストで表現できないと感じて依頼をし、いっしょにお仕事をすることもあって、素敵なご縁をいただきました。 

吉崎さん:小林さんはお子さんがいらっしゃるし、そういう方にも関心を持っていただいた上で、参加してもらう意義もありますよね。僕もそうだけど、子どもがいても、それまでの過程を含めて悩みや葛藤みたいなものって皆さん経験されていると思うので、できるだけ共感できるポイントを増やしたい気持ちはありました。 

若林さん:取材対象者の中には、お子さんがいらっしゃる方もいました。子どもがいても「産む」ことのモヤモヤを抱える方はいらっしゃいますよね。今回、この装丁がちょっとバズったと言いますか、SNSでも吉崎さんに宣伝していただきましたけれども、「いいね!」の数が多かったのがうれしかったです。

 吉崎さん:僕が関わった書籍で一番いいねがついたかもしれないですね。若林さんがモニフラ(テレビ番組「堀潤モーニングFLAG」)にも出演されたことで、より反響も大きくなったと思いますし、フォロワーさんも女性が増えた印象があります。僕は男だから、この本についての「いいね」って、男性の方がどれぐらい反応してくれたのか一番関心があったかもしれません。本文中に出てくる男性も、どんな風に女性と関わろうとしているか、寄り添おうとしているかに関心を持って読んでいました。

 若林さん:そうですね。出版イベントでは友人に誘われたらしく、男性も来ていました。吉崎さんは、SNSでたくさん本の宣伝をしてくださっています。ぜひこの本は電子版もありますので、引き続きよろしくお願いいたします! 

吉崎さん:僕も今までたくさんの書籍の装丁を手がけてきましたが、自分で最初にアクションを起こしたのは恐らく初めてだと思うし、信頼できる皆さんに協力していただいたことで、本当にいい本ができたなと改めて感じています。この経験はずっと忘れたくないですね。心から感謝しています。ありがとうございました。

若林さん:私もベストの表紙っていうのが全然わからなかったのに、実際に仕上がった時に「私の書いたものの表紙だな」って思いました。なんか運命的な巡り合わせを感じたので、本当に吉崎さんには感謝しています。

▼「母にはなれないかもしれない 産まない女のシスターフッド」
若林理央
216頁/1,650円(税込)
「子どもを産まない」その一言が言いづらい
「なんで産まないの?」「次は子どもだね」「産んだらかわいいって思えるよ」「産んで一人前」
友だち、親、同僚、パートナー、SNSの言葉に戸惑い、傷つく女性たち。
女性たちの「産まない・産めない・産みたくない」を丁寧に聞きとったインタビューと著者自身の「産まない」を紐解くエッセイから見えてくる、日本の女性たちのリアル。

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