SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(6)「そこに答えは」
一体どうしたらいいのか?
法王庁中庭の巨大な城壁に囲まれた空間で私は追い詰められていた。
舞台と客席の関係を一旦壊して再構築するという手法は使えない。となると、この空間をそのまま活かす方法を是が非でも見つけなければならない。
もう一度、私は客席の最上部まで上がり、そこに腰掛けた。昨晩は夜の闇に半ば溶け込んで城壁が、太陽光の元で露わになり、眼前に立ち塞がっている。その足元の舞台は遥か下方に見下ろす状態である。
この角度が難物なのだ。ただでさえ小さく見える舞台上の人物がさらに押し潰されたように矮小化されてしまうのだ。これではSPACの作品の持つ世界観が表現できない。
この問題は舞台装置を立派にするといった小手先で解決できる問題ではない。そもそも演劇の世界観は、舞台装置単体によって表現し得るものでは決してない。舞台装置はあくまでも登場人物を縁取るフレームでしかない。演劇の世界観、スケール感をいかに空間において表現するか、それは突き詰めると「観客から俳優がどう見えるか」という問いにどうこたえるか、だと私は思っている。
そして、ことに悲劇においては、世界の矛盾や苦しみを背負って立つ主人公が、美しく崇高に舞台上に屹立してはじめて演劇は説得力を持つのである。それがこの空間では極端に成立しづらいのだ。
しかし、私はどうしてもこの空間を味方にしたかった。この空間から逃げたくはなかった。
この巨大で威圧的な空間の持つ力は、そのままでは作品を壊してしまう。だが、その力を作品に取り込む事が出来れば、これ以上ないエネルギーを与えてくれるに違いない。その手掛かりを見つける必要があった。その為にはもう一度、この空間を曇りのない眼で観察する事が必要だ。その場所のエネルギーをつかみ取り、それを取り込むには、五感を総動員してその場所でしか見つけられない何かを感じる他に方法はなかった。
私は目を閉じて、この空間に対する先入観を一旦リセットしようとした。イメージするのは、城壁の外にいる自分だ。観客として開演を待ちながら、まだ見ぬ法王庁の空間に心を躍らせ、そのアーチをくぐる。階段客席を一段ずつ上がる。まだだ。まだ見えない。
そして最後列のシートに腰を下ろし、会場を初めて見渡す。
…あった
目を開けた私はそこに、答えを見つけた。
~つづく
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